近世入浜塩業の研究
西畑俊昭著


生産面だけでなく、流通・消費の面にまで及ぶ分析から、製塩業を一体的に把握する。


■本書の構成

  序章 近世入浜塩業史研究の成果と課題
第一部 入浜塩田の出現
  第一章 入浜塩田の出現
  第二章 開発当初の塩田経営

第二部 入浜塩業の成立
  第三章 塩業政策の転換
  第四章 浜主の階層分化
  第五章 「一軒前」経営の成立
  第六章 「一軒前」経営の限界

第三部 入浜塩業の進展
  第七章 一八世紀初頭の塩田経営 
備後富浜塩田の開発
  第八章 会所機能の強化 
奉公人格式の制定

第四部 入浜塩業の転換
  第九章 宝暦の休浜 
竹原・吉井家「算用帳」の分析
  第一〇章 明和の休浜 
『塩製秘録』の再検討
  第一一章 巨大塩田地主の出現 
赤穂・柴原家の塩田集積を中心として
  第一二章 江戸市場の動向
  第一三章 大坂市場の動向

第五部 休浜同盟の結成
  第一四章 休浜同盟の結成 
文化の休浜
  第一五章 化政期の入浜塩業
  第一六章 幕末・維新期の入浜塩業
  第一七章 幕末・維新期の赤穂廻船 
「赤穂廻船持主扣」を中心として

  付章一 元禄期坂越浦の村落構造
  付章二 坂越廻船の動向
  付章三 坂越浦の鯔座騒動



  ◎西畑俊昭(にしはた としあき)……1949年、兵庫県生まれ 広島大学文学部史学科卒 元兵庫県立高等学校教諭



ISBN978-4-7924-0987-6 C3021 (2013.2) A5判 上製本 630頁 本体13.500円

   西畑俊昭著『近世入浜塩業の研究』の刊行を祝して


日本塩業研究会代表・元山陽学園大学教授 太田健一

 この度、西畑俊昭氏が意欲的な大著を上梓されることとなった。同学の士として心からお慶び申し上げる次第である。

 西畑氏は目下、「広く塩業の社会的文化的研究」を推進する目的で設立・運営されている「日本塩業研究会」会員であり、会の中枢にあって近世塩業史の解明に精力を傾注している真摯な学者である。

 今日、世界の塩生産は天日製塩法、岩塩融解法、イオン交換樹脂膜法の三方法で展開しており、日本で採用されているイオン交換樹脂膜法は塩製造の二工程(採鹹
〈さいかん〉・煎熬〈せんごう〉)を工業化することに成功した最新の方法であることはよく知られている。しかし、往々にして、この事態に発展するまでの苦闘の歴史は意外に軽視されている。

 著者が分析の対象とする「入浜塩業」は、近世初頭の十七世紀に始まり、明治維新やアジア・太平洋戦争という激動期を経て、昭和三〇年代初頭(一九五五年頃)の流下式塩田への転換に至るまで、約三五〇余年間に亘って日本塩業の主体をなしてきた。

 この間、日露戦争の戦費調達を目的として塩専売制が実施され、明治末年と昭和初年の二度に亘る製塩地整理によって、瀬戸内十州塩田は確固たる地位を確立するに至っている。このような歴史的経過を念頭に置くと、近世期に成立した「入浜塩田」・「入浜塩業」の解明が必須であることが明白となり、著者の力点もそこに集中している。

 さて、あらためて本書を一読し、著者の際立った特徴点であると同時に筆者が印象付けられている点が幾つかある。

 その第一は、入浜塩田・入浜塩業確立の鍵(指標)となる「一軒前」の成立について、播磨国赤穂塩田、阿波国撫養塩田、安芸国竹原塩田を対象にして綿密な論証を展開していることである。これらの各塩田については、廣山堯道・河手龍海・岡光夫・渡辺則文氏らの著名な第一級の研究者の分析が蓄積されている。これらの先達、特に渡辺・廣山両氏と師弟関係にあった著者は、恩師の学風と人格に直接触れると共に、その研究史を正確に辿って問題点を抽出して課題を設定し、見事に実証することに成功している。塩業史の分野に限らず、それぞれの領域において研究史を整理し、自己の課題なり研究をいかにその体系の中に正当に位置付けていくかは、最近の世知辛い世の中では極めて悩ましい問題であるが、著者の研究態度は端然として謙虚に終始している。

 その第二は、深い実証に基づく今後における課題の設定である。かつて塩業史の分野においては、児玉洋一著『近世塩田の成立』という著作物(昭和三五年、丸善刊)が学士院賞にえらばれ、盗作の問題で物議をかもしたことがある。今回上梓された西畑氏の著書は、これに類似した書名となっているが、勿論、なかみは雲泥の差があるとして、敢えて「入浜塩業」と明記したことには格別の意図が含まれているように思われる。

 著者の分析は単に塩の生産面だけでなく、塩の流通・消費の面にまで及ぶ。生産と流通の両面に藩権力がいかに関与したか(各藩の開発と専売制などの問題)、生産をめぐる階級関係の実態(商業資本・地主資本対浜子など雇傭労働力、塩浜共同体などの問題)、塩生産をめぐる林業・石炭産業との関係、塩の流通と消費の問題(廻船業、醤油・味噌・漬物など醸造業、塩蔵など漁業、実生活における塩の活用)など、塩産業として一体的に把握することの必要性をつよく提起している。

 戦後の日本歴史学界が追求してきた諸分野の研究は、地主制、共同体論、雇傭労働力、マニュ論、専売制、藩政史など多岐に亘っており、また最近の社会史・生活史の分野における研究も活発である。各分野で活躍されている研究者各位におかれては、関連分野の基本的な学問成果として本書を入手され、御一読されることを心より希望する次第である。 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。