阿蘇カルデラの地域社会と宗教
吉村豊雄・春田直紀 編





「火の国」の象徴、信仰の対象である阿蘇山。阿蘇外輪に囲まれた宗教空間としてのまた生活空間としての阿蘇カルデラの歴史を解明する。


■本書の構成

序 章 阿蘇カルデラの環境と地域史研究……宮縁育夫・春田直紀

第一部 宗教空間の歴史的展開

 第一章 中世以前の阿蘇の祭祀構造をさぐる 
永青文庫下野狩関係史料を中心に……飯沼賢司
 第二章 阿蘇神社社殿の建築と変遷 
中世社殿の再検討を中心に……伊東龍一
 第三章 近世阿蘇宮祭祀の歴史的特質 ……松本 恵
 第四章 阿蘇山火口をめぐる近世期の宗教構造 ……池浦秀隆

第二部 地域社会の秩序形成

 第一章 地域社会の多層性とその歴史形成 
阿蘇郡におけるムラの動態史……春田直紀
 第二章 中世阿蘇文書に見える記録語をめぐって……堀畑正臣
 第三章 国絵図に見る阿蘇カルデラの景観……礒永和貴・鳴海邦匡
 第四章 藩制下の広域行政と地域社会 
寒冷地農業克服への広域的取り組み……吉村豊雄
 第五章 阿蘇宮末社神職の兼帯行為と地域社会 ……池浦秀隆
 第六章 水資源利用から見た阿蘇地域の現在……牧野厚史・梶原宏之




  ◎吉村豊雄(よしむら・とよお) 熊本大学文学部教授
  ◎春田直紀(はるた・なおき) 熊本大学教育学部准教授




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ISBN978-4-7924-0989-0 C3021 (2013.3) A5判 上製本 438頁 本体9,500円
阿蘇カルデラへの知的誘い
熊本大学文学部教授 吉村豊雄
 阿蘇・阿蘇山は世界的にも名を知られている。雄大な阿蘇五岳。広がる草原。草原の野焼き。そして草原で草を食む赤牛たち。われわれが思いうかべる阿蘇のイメージである。
 阿蘇山は数十万年前から巨大噴火をくり返し、九州レベルの自然環境と、その歴史に影響を与えつづけてきた活火山である。
 噴火による巨大な陥没であるカルデラも存在する。噴火による巨大陥没というと、ある種の形状を思いうかべるが、阿蘇カルデラは噴火の陥没というには、余りに巨大過ぎる。阿蘇カルデラは阿蘇山をはさんで北側の阿蘇谷、南側の南郷谷からなるが、阿蘇谷一つをとってみても、今の阿蘇市の規模に相当する。
 しかし、カルデラという語感から、阿蘇カルデラに太古以来、人が住みつづけていることを知らない方も、意外に多いのではあるまいか。また、遠大に広がる阿蘇外輪を見渡しても、外輪の内側がカルデラであることを実感できない方も多いのではないかとも思える。
 同時に阿蘇市の真ん中、阿蘇谷の中央に阿蘇神社が位置しているように、阿蘇外輪に囲まれた阿蘇カルデラは、宗教空間としての歴史も共有している。阿蘇山は「火の国」の象徴、信仰の対象である。
 熊本大学の共同研究チームは、この五年間、地形的にも、自然環境的にも地域としてまとまりを持ち、宗教空間としても共同性の高い阿蘇カルデラを共同研究の対象としてきた。研究の課題は、大きく二つに分かれる。
 第一の課題は、阿蘇山・阿蘇カルデラの宗教空間としての解明である。研究の蓄積を持つ中世阿蘇社を基点に、研究範囲を原始・古代、近世・近代に広げて検討し、阿蘇カルデラの宗教空間としての歴史的形成、その悠久たる継続と変容の過程を跡づけたつもりである。
 第二の課題は、阿蘇カルデラの地域社会としての解明である。阿蘇カルデラは、阿蘇谷・南郷谷という地域社会の地形的・自然地理的枠組みが明確である。そのためか、地域社会を構成する多様な社会的関係が二つの谷筋に層位化しており、人文・社会科学の諸分野において地域の諸相が注目されている今日、興味ある成果が提供できているのではないかと思う。
 阿蘇は今、世界文化遺産・世界農業遺産への申請に向けた気運も高まっていると仄聞している。本書が、阿蘇山・阿蘇カルデラへの関心を誘い、阿蘇地域の宗教・環境・農業、そして地域社会の多様な側面を理解するうえでの導き糸になれば幸いである。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。