■江戸大坂の出版流通と読本・人情本 | |||||
木越俊介著 | |||||
第7回日本古典文学学術賞受賞 本書の一つ目の柱は十九世紀初頭の江戸と大坂の読本を中心とした出版・流通に関する研究である。もう一つの柱は、十九世紀江戸の長編小説の中に複数、巷説や情話といったやわらかみのある題材を扱った作品があることに注目し、それらの小説としての試行錯誤を探ることにより、従来の後期読本や人情本に対するジャンル認識を一度相対化した上で、改めてそれぞれのジャンルの特質を探る。 ■本書の構成 第一部 十九世紀初頭の出版と流通――上総屋利兵衛の活動を軸に 第一章 上総屋利兵衛と貸本屋 ──寛政〜文化期江戸戯作の一齣── 第二章 上総屋利兵衛の読本出版 第二部 江戸大坂の読本流通──本替・類板をめぐって 第一章 書物と地本の間 ──文化期後半の中本型読本をめぐって── 第二章 読本の本替 第三章 読本と類板 ──文化期の大坂を中心に── 第三部 巷説・情話の読本史 第一章 伝奇と情話 ──『西山物語』を読みなおす── 第二章 「春情」の目覚め ──『桟道物語』から『環草紙』へ── 第三章 馬琴巷談ものの成立をめぐって ──『括頭巾縮緬帋衣』の位置── 第四章 柳亭種彦『情花奇語奴の小まん』と京伝・馬琴読本 ──分水嶺としての文化五年── 第四部 読本と人情本の間 第一章 人情本の外濠 ──文政年間中本の一考察── 第二章 暁鐘成『頓々拍子』小考 第三章 『奇談情之二筋道』について ──読本改題本と人情本── 第四章 為永工房発・読本の作り方 付・資料紹介 『新にしき木物語』南仙笑楚満人(二世)序文 ◎木越俊介(きごし しゅんすけ)……1973年石川県生まれ 神戸大学大学院文化学研究科修了 現在、山口県立大学国際文化学部准教授 |
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ISBN978-4-7924-1000-1 C3091 (2013.10) A5判 上製本 318頁 本体7,500円 | |||||
近世後期俗文芸の復権 | |||||
国文学研究資料館研究部教授 大高洋司 |
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木越俊介氏の研鑽の成果が一書にまとまった。『江戸大坂の出版流通と読本・人情本』という書名には、本書の内容が、いかにもこの人らしく率直に示されている。主として前半二章で「出版流通」、後半二章で「読本・人情本」を扱うが、全章を通じて著者のターゲットとするところは、馬琴の『南総里見八犬伝』や為永春水の「梅暦」シリーズのような有名作ではなく、末期洒落本・中本型読本・半紙本読本の一部・人情本など、寛政〜文政期にかけて諸ジャンルを横断して出版され続けた、「巷談街説」、中でも男女の「情話」を素材とする小説群である。この一群は、早く中村幸彦氏「人情本と中本型読本」という魅力的な先行論文を持ちながら、伝本の数量的な膨大さと文芸的評価の低さから、長く近世小説研究の傍系に置かれたままであった。しかし本書所収の論考からは、そのようなマイナー意識は全く感じられない。例えば、本書のうち読本の類板を扱った第二部第三章と、文政年間の中本を包括的に扱った第四部第一章は、著者の現在の立ち位置を示す好論文であるが、多くの専門研究者にとっても不案内な作者・書名が次々登場してくるにもかかわらず、行文はきわめて明晰かつ伸びやかで、読者は「読本の場合、類板として問題にされるのは……商品としての最終的な姿・形のあり様」であるとか、「中本の作品群は、断片をいかに配列し布置していくかという編集(順列組合せ)により成立している」といった指摘を、十分な説得力と共に受け止めることができる。著者は、近世後期俗文芸の底辺部分を支えたきわめて重要な水脈のひとつに、出版文化の視点から光を当てることに成功したのである。 本書に収められた論文の初出年次から判断して、著者の研究は読本の作品論(種彦・馬琴の中本型読本、「情話」を扱った半紙本読本)に始まり、対象ジャンルを「出版流通」という外枠から客観的に眺め直す作業を経て、再び作品(人情本及びこれに隣接する作、「情話」を含む初期読本)に戻ってきているようである。本書「あとがき」に触れられているように、著者には、院生時代に、天明・寛政・享和期における江戸出来の読本(便宜上〈初期江戸読本〉と命名)を翻刻・紹介する仕事(近藤瑞木氏と共編)にご協力いただいたことがある。本書の中には、折々当時の記憶を蘇らせる箇所が見られるが、それらは多く、著者独自の問題意識に従って、その時刊行した著作物に附された総説・解題の内容を、さらに発展させたかたちで記されている。本書にはまた、大学の専任教員として、国文研の研究プロジェクトで担当をお願いした調査研究の反映も見られるが、これについては、共同研究会での報告段階で、ひたすら耳を傾けた記憶が残るばかりである。著者との間に多少の関わりをもった者として、本書が近世小説研究の新たな道標に加わることを、心から喜びたい。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |