行基と知識集団の考古学
近藤康司著


第3回住田古瓦・考古学研究奨励賞受賞
長年、大野寺土塔の発掘、報告書の作成、整備・活用に携わってきた著者が、その作業を通じて博捜した過去の研究成果を踏まえ、畿内に分布する行基関連遺跡にかかわる考古学的成果を総括し、自らの調査・分析成果を踏まえて新たな考古学的な研究分野を開拓した好著。



■本書の構成


第一章 行基研究のあゆみ

第二章 行基の生涯
  
行基の出自/出家から弾圧まで/「大徳」から「大僧正」へ/行基の死

第三章 行基建立四十九院の考古学的検討
  
研究史/大和の行基建立寺院/河内の行基建立寺院/和泉の行基建立寺院/摂津の行基建立寺院/山背の行基建立寺院

第四章 行基の開発と土木技術
  
河内の開発/和泉の開発/摂津の開発/古墳時代の土木技術の系譜/土塔の建立

第五章 大野寺跡・土塔の考古学的検討
  
大野寺・土塔概説/土塔建立から廃絶までの系譜/土塔の構造復元/軒瓦の編年からみた大野寺・土塔の盛衰/土塔の造瓦集団/土塔の人名瓦/大野寺瓦窯の検討/土塔の系譜/土塔建立の意義

第六章 山崎院の考古学的検討
  
山崎院概説/山崎院の調査成果/山崎廃寺・山崎院の軒瓦/人名瓦の検討/山崎院の人名瓦からみた知識集団

第七章 行基の知識集団の考察
  
文献史料からの考察/建立寺院からの考察/出土瓦からの考察/人名瓦からの考察

第八章 考古学からみた知識
  
備後・宮の前廃寺の人名瓦/考古学からみた奈良時代の知識



  ◎近藤康司(こんどう やすし)……1965年大阪府富田林市生まれ 関西大学文学部史学地理学科卒業 現在、堺市文化財課学芸員 博士(文学)



ISBN978-4-7924-1001-8 C3021 (2014.2) A5判 上製本 286頁 本体6,800円
考古学でせまる行基の宗教活動・社会事業の実態
京都大学大学院文学研究科(考古学)教授 上原真人
  西欧文明・西欧思想の導入が近代日本を作り出したとすれば、律令制と仏教の導入が原始国家である倭国を古代国家に変身させたと言って過言ではない。しかし、新思想の導入は、為政者にとって「諸刃の剣」にもなる。行基の宗教活動・社会事業に対する律令国家の反応は、そうした側面を如実に示す。「諸刃の剣」の歴史的評価は難しい。様々な行基像、行基評価が提起されるのは、そのあらわれである。
 行基の宗教活動・社会事業にかんしては、おもに文献史料による研究が積み上げられてきた。正史記事(『続日本紀』)は断片的で、『日本霊異記』は説話的だが、行基が造営した灌漑施設・交通施設を列記した『行基年譜』「天平十三年紀」の信頼性が大きなよりどころだった。しかし、大野寺土塔から出土した「神亀四年」銘軒丸瓦は、『行基年譜』の「年代記」部分もまた信頼に足る史料であることを裏づけた。
 大野寺土塔の発掘は史料の裏づけにとどまらず、史料にはない行基の姿にも新たな光を投げかけた。行基が主導した土木事業の実態や技術背景、動員した知識集団の具体像などについて、考古資料が語りはじめたのである。『行基と知識集団の考古学』の著者は、大野寺土塔発掘の陣頭指揮をとり、その整備・活用を推進してきた。現在、堺市土塔町を訪れると、行基が造営した当時の姿を彷彿とさせる「国史跡 土塔」が迎えてくれる。著者をはじめとする関係者の努力の賜物である。
 本書は、長年、大野寺土塔の発掘、報告書の作成、整備・活用に携わってきた著者が、その作業を通じて博捜した過去の研究成果を踏まえ、問題点を整理し、畿内に分布する行基関連遺跡にかかわる考古学的成果を総括し、自らの調査・分析成果を踏まえて新たな考古学的な研究分野を開拓した好著である。とくに土塔や山崎院の人名文字瓦を資料に、知識集団の編成を分析した行基の宗教活動論、土塔造営や狭山池、久米田池の発掘成果を踏まえた行基の土木技術論は、著者ならではの、考古学の独壇場とも言える。
 もちろん考古資料に直接、行基の名が出てくるわけではない。文献史料ではおぼろげな輪郭しか描けなかった行基の行動が、遺構や出土文字資料を通じて鮮明化する過程は、日本古代史・仏教史・考古学・土木技術史など各分野の学際的成果と言った方がよいだろう。上記各分野のみならず、美術史や文化財科学など、隣接する各分野の研究者や学生、古代史愛好家が本書に挑戦し、さらに新たな研究成果を生み出すことを願ってやまない。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。