近世北海道漁業と海産物流通
田島佳也著


西蝦夷地の漁業がどのように実現されていたのか、その解明から「場所共同体」を提唱していく。場所が人々が日常的に関係しあう生活の場と捉え、その全体把握をめざす。また、紀州海民の出である栖原屋は北蝦夷地の場所経営に乗り出し巨額の資産を形成した。このプロセスを追跡した研究は圧巻である。本書は、北海道漁業・海産物流通史研究の到達点である。



■本書の構成


T 出漁・交易する海民
 第一章 北の海に向かった紀州商人 
―栖原角兵衛家の事跡
 第二章 東北と紀州の海民
 第三章 近世紀州漁法の展開
 第四章 「海民的」企業家・時国左門の秘められた北方交易 
―幕末、時国家の廻船交易の再検討

U 場所経営と漁民・アイヌ
 第五章 箱館産物会所の実態と特質 
―幕藩制解体期の商品流通
 第六章 漁業経営における資金需給の実態と特質 
―「貨幣資金流通」の一考察
 第七章 幕末期浜益場所における浜中漁民の存在形態 
―「場所」の経済構造を把握するために
 第八章 幕末期「場所」請負制下における漁民の存在形態 
―西蝦夷地、歌棄・磯谷場所の場合
 第九章 近世後期漁獲鰊の集荷過程 
―西蝦夷地余市場所を例として
 第十章 場所請負制後期のアイヌの漁業とその特質 
―西蝦夷地余市場所の場合
 補論1 「帳秘録 完」と奥蝦夷地場所を取り巻く環境について 
―一つの素描
 補論2 場所請負制の研究について 
―形成しつつある「場所共同体」の把握に関連して
 補論3 場所請負の歴史的課題

V 海産物の生産とゆくえ
 第十一章 海産物をめぐる近世後期の東と西
 第十二章 蝦夷地海産物のゆくえ
 第十三章 輸出海産物がつなぐ一九世紀の北海道と中国福建
 第十四章 菅江真澄がみた一八世紀末の松前・近蝦夷地の鱈漁業
 第十五章 北の水産資源・森林資源の利用とその認識 
―鰊漁場における薪利用との関連から



 
◎おしらせ◎
 
『日本歴史』807号(2015年8月号)に書評が掲載されました。 評者 大場四千男氏

 『社会経済史学』第83巻第3号(2017年11月号)に書評が掲載されました。 評者 中西 聡氏



ISBN978-4-7924-1012-4 C3021 (2014.5) A5判 上製本 536頁 本体12,000円

  北海道漁業史と海民研究を繋ぐ


菊池勇夫(宮城学院女子大学教授)  

  待望の書が刊行の運びとなった。著者の田島佳也氏は北海道小樽市に生まれた。江戸時代にはヲタルナイ(小樽内)といい、鰊(ニシン)漁業で賑わった地である。毎年、春になると西蝦夷地(北海道日本海側)の浜々に鰊が群れてきたので、それを捕るため沢山の労働力が渡島半島南部の松前や、津軽・下北など北東北から集まってきた。氏の少年期には鰊漁の活況はすでに過去のものとなっていたが、社会経済史研究を志したとき、そうした郷里の原風景が北海道の漁業史・海産物流通史に向かわせたのは必然であっただろう。

 鰊は身欠鰊など食料にもなったが、多くは〆粕肥料となり、一九世紀日本の農業生産を支えた。若き頃の関心は鰊漁を核とした西蝦夷地の漁業がどのように実現されていたのか、その解明に注がれた。場所請負人佐藤家・林家文書の経営帳簿類を入念に分析し、請負人の資金調達・貸付、集荷・販売などの経営実態はむろん、その元で働く和人・アイヌ漁夫や、場所内に入り込んでくる出稼ぎ漁民(浜中・二八)の存在形態が実証性豊かに明らかにされている。研究史を踏まえ、アイヌの「自分稼ぎ」の実態を示したのも氏の功績である。氏は「場所共同体」を提唱していくが、場所を人々が日常的に関係しあう生活の場として捉え、その全体把握をめざそうとするところに特徴がある。今後に継承すべき視座である。

 海民論との出会いは氏の研究を一層飛躍させた。紀州海民の出である栖原屋は江戸市場などを背景に房総、三陸、下北、そして松前に渡って場所請負人となり、北蝦夷地(樺太・サハリン)の場所経営にも乗り出し、巨額の資産を形成した。こうしたプロセスを追跡した栖原屋の研究は圧巻である。海民概念は共に研究生活を過ごした中世史家網野善彦氏に拠ると自ら述べるが、海民の視点から紀州海民の旅漁の世界がひらけ、漁撈技術や海産物製造技術の伝授など彼らの役割が着目されていく。海民へのあたたかい眼差しに溢れている。しかし、旅先での地元漁民との対立に目を向け、「叱役」されるアイヌの慟哭に耳を傾け、時にきびしい批判も厭わない。時代の趨勢というもののなかで、その功罪をよく見極めている。

 氏の研究はさらに、奥能登の時国家の海民的性格、中国も視野に入れた蝦夷地産物の行方、食用海産物の西日本と東日本の差異、鰊〆粕生産による山林伐採など、多方向に展開していく。それらを含め、本書は近世における北海道漁業・海産物流通史研究の到達点であり、今後の指針となるものである。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。