近世政治社会への視座
〈批評〉で編む秩序・武士・地域・宗教論
高野信治著


私たちの生活は権力を持つ(預かる)者の政治のあり方や人々が日々活動する社会の実相に少なからずの影響をうけ、かかる政治と社会は一体的な関係のなかで動く。権力と民、また民相互の諸関係の解明という、著者の総合的な歴史解析の視座からは、秩序・武士・地域・宗教などの様々な事象は繋がりながら、日本近世の政治と社会を成り立たせていることが読み解けよう。




■本書の構成

 


第Ⅰ章 政治秩序と治者認識

領主結集と幕藩制/民族・民衆と戦争/武家政治の専制性・自律性と公共性/「御家」の形成と幕府権力/大名家の「政治」とは何か/大名の「資格」とは何か/譜代藩政治機構の基礎研究/政治文化論としての「藩」言説の意味/武士の治者意識

第Ⅱ章 近世武士論

武家社会の歴史的意義/武家社会の階層と世襲/平和な時代の「武」/軍制・家の視点からみた武家社会/近世武士の規範義務をめぐって/「月影兵庫・花山大吉」時代の武士たち/一人の武士が生きた時代と社会の総合的復元/近世武士の知行権は形骸化しているか

第Ⅲ章 地域社会のとらえ方

藩研究と地域史研究の融合を目指して/近世の領主制と行政をめぐって/幕府広域支配の特性は何か/国家・地域・大名の関係/地域史研究と史料編纂/地域領主の地誌編纂とアイデンティティ/史料に語らしめる地域史/「歴史的後遺症」概念

第Ⅳ章 宗教と規範・いのち

近世の「宗教」も政治・社会を読み解くカギ/政治文化としての為政者の死/権力・宗教観・アイデンティティ/「泰平」と規範/「共生」についての雑感/「いのち」の共同性・社会性をめぐって

終章 締めくくりに聞いてもらいたいこと ―政治社会にみるアイデンティティ・差異化・いのち:藩政と領民―

はじめに/関心事―自己紹介をかねて―/「政治社会」研究としての藩研究/大雑把な見取り図/近世武士の性格/アイデンティティと差異化/おわりに

 
結  初出一覧  あとがき




  ◎高野信治(たかの のぶはる)……1957年生まれ 博士(文学) 現在、九州大学大学院比較社会文化研究院教授



 著者の関連書籍
 高野信治著 大名の相貌―時代性とイメージ化―




 ISBN978-4-7924-1080-3 C3021  (2017.11) A5判 上製本 304頁 本体3,800円

  
総合的な歴史解析を志す

九州大学比較社会文化研究院教授 高野信治
 歴史の学び方には様々な方法があろうが、私は可能な限り、総合的な観察・解析が必要でかつそれは重要な観点と考える。

 例えば、生活の基本といえる衣服の歴史をひもとく場合、衣服のみを対象にしても、それが生み出された背景や意味はつかめない。素材である布地原材料の由来や生産のあり方、布地や衣服作製の作業や組織の仕組み、商品化の時代となれば消費者の購買力や流行認識など需要の問題が生じ、さらに需給の関係を成り立たせる政治や社会、交易を含む国際関係など、様々な事象の複合のなかで時代と地域(民族・国)特有の衣服が生み出されよう。

 このように、歴史上の何を見るにしても総合的な観点は不可欠で、また目標とされるものだろう。ただ、無から歴史の勉強を始めるのではない。開拓的、萌芽的な分野ではあり得るかも知れないが、それでも総合的な時代の解析と事象へのフォーカスのためには、先学の知的な営為、様々な成果は不可欠だ。


 歴史に関心を持つ者として、いうまでもなく私は多くの方の仕事(著作・論文・報告)に接する機会を持つ。それらは私にとり仕事(歴史研究)の導きの糸である。そのような方々の仕事(成果)の書評・紹介・論評などを求められたら、できる限りうけてきた。そこには、私自身の総合的な歴史解析の一環、このような「下心」があった。世に言う批評家とは違うが、私自身を肥やすために、うけてきたこれまでの行為を本書では〈批評〉と総括する。総合的な歴史解析へと誘ってくれる方々の成果に対する書評や論評、すなわち〈批評〉は至難だ
が、著者・報告者の迷惑も顧みず、その成果を「下心」に応じて換骨奪胎し、研究の糧としてきた。そのような〈批評〉群で本書は編まれる。

 私が目指す総合的な歴史解析の目標は、権力と民、また民相互の諸関係である。いささか古めかしい主題と、若い方々には毛嫌いされそうだが、大事なテーマと思う。私たちの生活は権力を持つ(預かる)者の政治のあり方や人々が日々活動する社会の実相に少なからずの影響をうけ、かかる政治と社会は一体的な関係のなかで動く。それは現代に限らず過去においても同じだ、という見通しで紡ぎ出した。本書タイトルに「政治社会への視座」を謳う所以であり、かかる視座は、時代性に寄り添いながら変化する可能性があろう。

 秩序・武士・地域・宗教などの様々な事象は繋がりながら、日本近世の政治と社会を成り立たせている、そのような総合的な歴史解析の視座の提示を志した本書。江戸時代の日本はもとより、歴史に関心がある多くの方が手にとっていただければ望外の喜びである。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。