戦前期日本における百貨店
加藤 諭著


大きく呉服系百貨店、電鉄系百貨店、地方百貨店に分かれて研究が進められている日本の百貨店史。電鉄系百貨店は戦前は地方展開しなかったので、本書は大都市呉服系百貨店の動向を地方(地場)百貨店と絡めて描き出し、近代日本の百貨店像を明らかにする。第一部では、チェーン店も含めた多店舗化とカルテル化のせめぎあいを三越、髙島屋、松坂屋の歩みから掘り起こす。第二部においては、百貨店の「催物」を四種に分けて分析するほか、大都市百貨店の地方支店と地場百貨店の相互作用を解き明かす。



■本書の構成


序 章
   研究史上の課題/方法と対象/本書の構成

第一部 百貨店経営の合理化と支店網形成

第一章 百貨店の全国的展開とチェーンストア方式
   はじめに/百貨店経営陣の欧米視察/松坂屋における百貨店経営の課題/おわりに

第二章 戦前期における百貨店の地方進出 
―大都市百貨店の地方支店設置を中心に―
   はじめに/支店設置以前における三越と地方の関係/三越の地方支店網戦略/三越支店設置と地元の対応/おわりに


第三章 戦前期における百貨店の店舗展開 
―髙島屋の均一店事業をめぐって―
   はじめに/均一商品売場研究期(一九二二~一九三一年)/均一店舗網形成期(一九三一~一九三二年)/既存店舗整備期(一九三三~一九三七年)/均一店独立事業期(一九三八~一九四二年)/おわりに


第四章 百貨店法制定とその過程
   はじめに/百貨店業界の自制協定に至る過程/百貨店法制定に至る過程/百貨店法の成立とその効果/おわりに

第二部 百貨店の地方波及と催物戦略

第五章 戦前期における百貨店の催物 
―三越支店網を通じて―
   はじめに/東京における百貨店の催物状況/地方都市における百貨店の催物状況/店舗内部における催物の関係性/おわりに


補 章 昭和初期東北地方における百貨店の催物 
―三越仙台支店、藤崎を事例に―
   はじめに/三越の仙台進出と藤崎の百貨店化/三越の催物とその特徴/藤崎の催物とその特徴/おわりに


第六章 戦前期における百貨店の地方進出とその影響
   はじめに/催物空間の変化/三越と地場系百貨店との棲み分け/おわりに

第七章 戦前期東北における百貨店の展開過程 
―岩手・宮城・山形・福島を中心に―
   はじめに/仙台における百貨店/宮城隣県における百貨店の勃興/おわりに


終 章
  本書のまとめ/本書の意義/今後の課題

  成稿一覧 あとがき 索引




  ◎加藤 諭
(かとう さとし)……1978年宮城県生まれ 東北大学学術資源研究公開センター史料館准教授 博士(文学)




  著者の関連書籍
  平川 新・千葉正樹編 講座 東北の歴史 第二巻 都市と村


 
◎おしらせ◎
 『大原社会問題研究所雑誌』746号(2020年12月)に書評が掲載されました。 評者 満薗 勇氏

 『日本歴史』第874号(2021年3月号)に書評が掲載されました。 評者 中西 聡氏



ISBN978-4-7924-1103-9 C3021 (2019.7) A5判 上製本 298頁 本体7,600円

  
日本の小売業史を切り拓く野心的研究

大阪商業大学総合経営学部准教授 谷内正往  

 実証性の高い本が出た。戦前において、最大で唯一の小売業態であった百貨店は「流行の先端」「(関東大震災後の)大衆化=安売り」といった一見相反する行動をとっていた。多くの先行研究はこの点にさほどの注意を払わなかったが、考えてみれば不思議なことである。

 本書は第一部において、その理由を三越、髙島屋、松坂屋という一流百貨店の動向を時系列にかつ経営数値(データ)を元に明らかにした。さらに、百貨店の多店舗展開に関心をよせ、三越、松坂屋の支店網形成と髙島屋の均一価格店(十銭、二十銭ストア)がどのような意図で行われたかを未見資料を発掘して検討した。意外にも各百貨店には多様性があったという。

 特に髙島屋百貨店と均一価格店(チェーンストア)は、これまで異なる客層を吸引するための「両面戦略」としてとらえられていたが、データで見ると、従業員数一人当たりの売場面積、利益率がほぼ同じであった。しかも成長期・均一価格店の合計営業規模は髙島屋南海店一店の半分にすぎなかった。つまりそれは、従来のチェーンストアの限界を証明するもので、均一価格店も髙島屋の分店にすぎなかったのだ。だからチェーンのノウハウも蓄積されず、戦後髙島屋が本格的にチェーンストアを展開しなかったのである。

 一方、第二部においては、百貨店の「催事」を切り口にして(大都市百貨店の)地方支店と地方百貨店との関係に関心を集中させた。その際、「反百貨店運動」や(地方百貨店)一店のみの事例研究などではなく、中央と地方の連動性、地方同士の関係性に焦点を当てたのである。

 例えば、催事では、百貨店の催事を展覧会、物産会、展示・陳列会、特売会に区分すると、展覧会、物産会に強い三越、展示・陳列会に強い髙島屋、特売会に強い松坂屋といった特徴を見出した。地方については、仙台地方に三越が進出した時、地元の藤崎との価格競争を通じて地方における百貨店の大衆化が促進されたこと、これまで県の商品陳列所などで行われていた物産会・催物が百貨店に移行していく過程を描き出したこと、さらに東北地方では、ある都市部の百貨店開業が隣県の百貨店建設を惹起する事例があったことを紹介した。

 さて、日本の百貨店史は、大きく呉服系百貨店、電鉄系百貨店、地方百貨店に分かれて研究が進められているが、著者は第一部、第二部を通じて大都市百貨店の動向を地方百貨店と連動したものとして描き出し、近代日本の百貨店像を全面的に明らかにしようと試みた。しかもそれはかなりの程度成功している。そこに著者・加藤諭氏の「野心」を見るのである。

 最後に、本書の意義として第一に(もうないであろう)百貨店の一次資料を探し出して、売上高、利益額以外に、各種利益率、品揃え、従業員数、売場面積など実証的なデータを提示したことである。そのことによって同時代の他業態の小売業との比較が可能になった。

 第二に、戦後の小売業とのつながりを探る上で欠かすことができない基礎研究となったことである。例えば、戦後百貨店の多店舗展開、地方百貨店と大都市百貨店の提携などを研究する際に、戦前の動向は避けて通れないからである。しかも、多店舗展開は百貨店のみならず総合スーパーやコンビニエンス・ストアにも多くの示唆を与えてくれるにちがいない。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。