古記録資料の国語学的研究
堀畑正臣著


本書の構成

序 章 古記録資料の国語学的研究の構想

第一部 古記録資料の語法

第一章 平安時代の古記録における「須(スベカラク〜ベシ)」の語法
第二章 形式名詞「條(条)」をめぐって
第三章 「被成(ナサル)」の分布と展開
第四章 「(サ)セ+ラル」(使役+尊敬)から「(サ)セラル」(尊敬)へ
第五章 古記録語法の口頭語化をめぐって

第二部 古記録の文章と記録語

第一章 『小右記』の文飾  用語・用字・語法からみた個性的文体について
第二章 平安時代の古記録に使用された使役助字
第三章 古記録と唐代口語
第四章 古記録に見える「因縁」(婿・姻戚)をめぐって
第五章 「挙首(カウベヲコゾリテ)」 「挙(アゲ)テ」と「挙(コゾリ)テ」
第六章 「候気色(ケシキヲウカガフ)」とその周辺

終 章 古記録資料に於ける国語学的研究の今後の課題

索 引


ISBN978-4-7924-1400-9 C3081 (2007.2) A5 判 上製本 674頁 本体14,000円
新しい視点からの記録語の解明  堀畑正臣氏『古記録資料の国語学的研究』
筑紫女学園大学教授・九州大学名誉教授 迫野虔徳
 築島裕博士「変体漢文研究の構想」(東大人文科学科紀要一三 一九五七)で変体漢文研究の一環として記録語についての研究の構想が語られてから半世紀、近年ようやくその研究成果が著書のかたちで公刊されるようになってきた。峰岸明氏『平安時代古記録の国語学的研究』(一九八六)小山登久氏『平安時代公家日記の国語学的研究』(一九九六)遠藤好英氏『平安時代の記録語の文体史的研究』(二〇〇六)等々に今回堀畑氏の『古記録資料の国語学的研究』が新たに加えられることになった。古文書の研究の進展(辛島美絵氏『仮名文書の国語学的研究』(二〇〇三)三保忠夫氏『古文書の国語学的研究』(二〇〇四))と相俟ってこの遅れていた分野の研究が急に花開いてきたように見える。
 今回出版される堀畑氏の労作は、研究史的にみてもたいへん注目される。これまでの古記録語の研究は、和文や漢文訓読文にない記録語・記録体の独自のかたちを明らかにすることに努力を傾けてきた。また、その前に果たしておかなければならない漢字書きの本文をどう読み解くかということに力をさいてきたといってよい。堀畑氏は、記録資料の内部にだけ目を向けたこのような「静態的研究」だけでなく、その周辺資料にも積極的に目を向け、記録語との関連をさぐりながら広い視野のなかで記録のことばを考えるというダイナミックな方法を新たに取り入れた。
 たとえば、「被成(ナサル)」や「(サ)セラル」(使役+尊敬から全体で尊敬へ)などの敬語が記録語の中で生まれたことを多くの古記録資料の精査と和文などとの対比を通して明らかにする。そして、堀畑氏は、それだけにとどまらず、これらが記録語から出て、和漢混淆文の軍記物語や公家の説話類(古今著聞集など)などにも使用されるようになり、やがて広く拡散していくその後の展開もあわせて明らかにしている。漢字書きの記録語は、話し言葉とは遠い、書き言葉の最右翼にある資料という「常識」があったのではなかろうか。この記録語から生まれた語がのちの口頭言語の普通の敬語「ナサル」(「ナハル」)や「シャル」「サッシャル」へと連なるという指摘は、我々を思わず立ち止まらせる。堀畑氏は、「公的な会話」(改まった場面での口頭の言葉)という特別な会話の場を想定し、そのような場で、敬意の高いあらたまった新鮮な言い方として記録の敬語が取り入れられ、そこから次第に広がっていったのではないかという。
 ジャンルの異なる他資料との幅広い対照という手法は、漢字書きの記録語のよみの確定にも生かされる。「候気色」は「ケシキヲウカガフ」と読むこと、「挙首」は「カウベヲコゾリテ」と読むか「アゲテ」と読むかなど、読みの決定に説話集や軍記物語、『愚管抄』など他資料が幅広く利用される。このことは、読みの決定というだけでなく、記録語を多くの資料のなかで、どのような資料に近く、どのような資料には遠いかを定位することに他ならない。この作業は、新しい文章史の研究に展開していくであろうことを予感させるものでもある。記録資料は、漢字による日本語の表現様式をもつものとして、むしろ言語生活史的な側面からの関心を強く引く特殊な資料というところがあったが、本書によって、国語史の多くの一般文献のなかにはじめてひきずり出され、正当に評価される道を開いたと評してよいのではなかろうか。
※上記のデータはいずれも本書刊行時のものです。