■俳諧史の曙 | |||||
母利司朗著 |
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平成20年度文部科学大臣賞(伊賀市・芭蕉顕彰会)受賞 俳諧を、芭蕉流の俳諧が注目される以前の俳諧史とその背後にあった諸々の文化事象にスポットをあてて解説。著者が今までに発表した論文のうち17篇に改訂を加え、未紹介の架蔵連歌俳諧資料の翻刻4篇を併せてまとめる。 本書の構成 第T部 序篇 第一章 俳諧史の曙 第二章 俳諧連歌考 第U部 基盤篇 第一章 〈異類物〉俳諧の説 第二章 〈草双紙〉と俳諧 第三章 〈見さい〉の歌謡と俳諧 第四章 〈ことわざ〉と俳諧 第五章 〈板木に植ゆる〉考 第六章 俳諧と『二十四孝』 ―道化た一冊― 第七章 むかし恋しや ―六条三筋町残照― 第V部 各論篇 第一章 貞室と芭蕉 第二章 俳諧師と旦那―明暦四年安原貞室書簡考― 第三章 儒者と俳諧 ―尾張藩儒小出永庵の場合― 第四章 晩年の重頼と宗因 ―『武蔵野』をめぐって― 第五章 正本『天水抄』考 第六章 西鶴の秘説 ―『精進膾』考― 第七章 蝶々子跡追 ―貞徳流俳諧師の行方― 第八章 元禄初年の美濃前句付 第W部 資料篇 第一章 橋本毎延一座連歌書留 第二章 昌穏『西行谷法楽千句自注』 第三章 承応二年雛屋立圃筆俳諧四季発句巻 第四章 雛屋立圃判隼士常辰筆宇治俳諧行巻 あとがき・初出一覧 索引(人名索引 書名索引) 著者の関連書籍 山田 潔著 玉塵抄の語法 |
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ISBN978-4-7924-1403-0 C3081 | (2008.1) | A5 判 | 上製本 | 334頁 | 本体9000円 |
初期俳諧の沃野を切り開く画期的論考 |
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早稲田大学教授 宮脇真彦 | |||||
もう二十数年前のこと、母利司朗氏が「〈異類物〉俳諧の説」(本書所収)を研究会で発表された折の雑談だったと記憶するが、これからは俳諧の内容や表現といった面を研究していかなくてはならない、と決意を語られたことがある。以来、母利氏は、一七世紀、近世前期の俳諧のことばや心をめぐる優れた論文を次々に発表されてきた。氏の論文は、緻密な考証や分析の的確さはもちろん、時代の文学や人々の心、文化の断面を鮮やかに切り取ってくる論述の手際が見事なのだが、どの論文も氏の俳諧・俳諧史および俳諧作者への鋭くかつ豊かな眼差しを感じさせて、読む者を圧倒する。このたび、それらの論文を精選され、『俳諧史の曙』と題した論文集を出されることとなった。 本書は、論文一七本を「序篇」「基盤篇」「各論篇」の三部に分かって収め、第W部にそれら論文編と関わりの深い「連歌と俳諧」関係の貴重な未紹介資料四点を翻刻する。 「序篇」では、当時の俳諧が、連歌との差異を意識しつつ、俳諧の言葉の自在さ、幅の広さにおいて独自性を主張するものであり、それゆえあらゆる話題を投げ込める重宝な器だったと定義する。「基盤篇」では、そのいわば俳諧という器に溶かし込まれた言葉を取り上げて、その文化的背景を具体的に読み解いてゆく。たとえば「〈異類物〉俳諧の説」では、当時流行した〈異類物〉草子を典型とする草双紙に、古典の雅を世俗や異類の非現実に転化することでもたらされる異和感に興じる時代の精神を読み取り、そこに俳諧と通底する滑稽のありかを探ってゆく。以下、草双紙、〈見さい〉の歌謡、〈ことわざ〉、『二十四孝』など、同時代に流行した諸芸と密接に関わりながら、それらの言葉を積極的に取り込むことで、滑稽の可能性をさまざまに追求した俳諧作者たちの姿が見えてくる論考が並べられている。また、「〈板木に植ゆる〉考」「むかし恋しや」では、俳諧の付合から当時の文化の一断面を示して、当時の人々の意識をまざまざと浮かび上がらせる。 これらの論で重要なのは、俳諧を論じながら、当時流行した仮名草子や歌謡などの諸芸が、いかなる点に価値を持って人々に迎えられたかについても論じて、俳諧と諸芸と二つの言葉の世界をともに浮かび上がらせている点である。そこには、同時代の諸文芸の言葉に積極的に関わろうとする俳諧作者の眼差しに、当時の俳諧がもつ滑稽の世界の豊かさを見極めようとする母利氏の基本的な姿勢がある。そしてそこに、従来「微温的な滑稽性」として顧みられなかった初期の俳諧作品への評価についての、母利氏の異議申し立てがあるわけだ。かくして母利氏が切り開いた初期の俳諧の世界は、同時代の諸文芸に通底する滑稽の精神に開かれた、まことに豊かな俳諧の世界だと言うことができる。 「各論篇」には、芭蕉が再評価した数寄者としての貞室像、延宝期の宗因風の流行に対する重頼の位置付け、『天水抄』、西鶴の本式目、蝶々子、元禄期の地方雑俳の状況など、いずれも従来の俳諧史の記述に訂正を迫って読み応えのある好論文が収められている。 従来、俳諧という枠組みの中で論じられることの多かった、一七世紀、芭蕉以前の俳諧史は、同時代に人々の関心を誘った諸芸の考究とともに、何より豊かなことばの世界の研究として始められなくてはならない。本書は、その意味で、俳諧史の曙を論じたものであるとともに、近世初期、芭蕉以前の俳諧に沃野を切り開いたものとして、初期俳諧の研究のまさに「曙」を告げる論集であると確信している。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |