古記録資料の敬語の研究
穐田定樹著


本書の構成

第一章 御堂関白記の敬語の研究
  第一節 御堂関白記の尊敬語
  第二節 御堂関白記の謙譲語
  第三節 御堂関白記の引用部の待遇表現
  第四節 御堂関白記の待遇意識

第二章 小右記の尊敬語
  第一節 「仰・被仰」「命・被命」「宣」「曰」
  第二節 「給・賜」「被給・被賜」 
  第三節 「御」「坐」
  第四節 「給」と「被」(付属的用法)

第三章 平安古記録資料の敬語表現とその語彙
  第一節 小右記の「覧」とその語彙
  第二節 平安時代儀制書における「覧」
  第三節 漢文体の「致す」
  第四節 小右記の待遇表現

  索 引



ISBN978-4-7924-1404-7 C3081 (2008.3) A5 判 上製本 308頁 本体8700円
穐田定樹著『古記録資料の敬語の研究』を薦める
同志社女子大学教授 吉野政治
 穐田先生の前著『中古中世の敬語の研究』が同じ清文堂から出されたのは昭和五十一年二月のことである。昭和三十年から昭和五十年までの二十年間に発表されたものをまとめられたものであり、「本書の敬語研究の特色は、関係規定性の重視、漢文訓読語、特に記録関係の資料への顧慮、位相性の追求などに顕著である」(桜井光昭氏「国語学」百十一号)と紹介されたものであった。それから約三十年、その書は敬語の歴史的研究の注目すべき業績の一つとして、現在もその価値を失っていない。たとえば「致す」が謙譲語化していく過程に古文書や古記録の世界が果たした役割を指摘したことなどは、その後の研究を拓いたように思われる。本著『古記録資料の敬語の研究』は前著以降に発表されたものをまとめられたものである。方法においては前著を継承しつつ、資料においては古記録資料に特定した形であり、前著の各論的続編とも言えるが、記録体という特殊な文体における敬語の研究という極めて困難な課題に本格的に取り組まれた成果と理解する方が正しいであろう。
 本著の主な調査対象は二つの公家日記『御堂関白記』『小右記』である。改めて言うまでもなくそこに書かれていないものに多く依存する日記の内容を誤解なく把握するのは難しい。しかし、その把握ができないと誰から誰への行為であるかも定まらない。それが定まらないとそこに現れている敬語の性質も見極めがたい。それらの問題が片づいても、訓字主体の変体漢文(記録体)では、字音語か和訓語かの語形の決定も容易ではない。その語形の違いは待遇度に関わるものであるから、およその意味さえ理解できればどちらでもよいというわけにはいかない。これらのことは本書の中で著者も言われているように、記録体言語の多角的な分析の中でしか、より確実な推定はできないものである。たとえば「候」の語形について、「候」の用法とサブラフの用法との重なりは「候」が和訓語である可能性を持つが、重ならない用法の存在は字音語コウスまたはコウズであった可能性も示唆する。しかし、「候」が被支配待遇また自卑丁重表現をある程度確立しながらもサブラフほどではなく、丁寧表現に至ってはその例を見ないという事実を合わせれば、「候」は字音語と考える方がよいであろう、といった考察が、本書ではなされている。
 本著と前著とに収められた穐田先生の論文は、こうした作業を一つ一つ積み重ねながら書かれたものである。五十年に亘って一貫して行われたその丁寧な読解と慎重な思考の跡をたどりながら、学問とは何か、学者とは何かを改めて教えられる。