お伽草子の国語学研究
染谷裕子著


本書の構成


序章 お伽草子と国語学研究
  お伽草子・中世小説・室町物語―叢書の名称から見る用語の推移
  トギの意味について考える―トギと漢字「伽」
  お伽草子の国語学的研究の歴史

第一章 国語資料として見たお伽草子
  お伽草子に現れた異色の語形をめぐって―その史的価値と意味
  お伽草子の「侍」と「候」
  男性使用の自称「わらは」

第二章 お伽草子の共通項と分類 その一
  お伽草子の共通語
  お伽草子の「いたはし」
  お伽草子の冒頭語―内容分類との関わり

第三章 お伽草子の共通項と分類 その二――美人描写の視点から
  お伽草子の美人描写(一)―古来の美人にたとえる表現
  お伽草子の美人描写(二)―「光る」「輝く」「玉」をめぐって
  お伽草子の美人描写(三)―花鳥風月を以てする表現

第四章 国語学の視点から見た画中詞
  お伽草子絵巻の画中詞
  「福富草紙」の二系統の本文について―その語彙の比較から考える
  画中詞の文体に関する一考察―文末表現から見て
  画中詞の中の「候べく候」―その表現意図を考える

第五章 今後の課題――個々の作品における試みを例に
  表記から見た同系統本文の変遷―「熊野の本地」の場合
  「文正草子」の伝本比較の試み―冒頭の部分からの予想
  絵巻における本文と画中詞比較の試み―「稚児今参物語絵巻」の場合

索  引




ISBN978-4-7924-1409-2 C3081 (2008.11) A5判 上製本 540頁 本体14,000円
染谷裕子著『お伽草子の国語学研究』を推薦する
東北大学名誉教授 佐藤武義
 染谷裕子さんは、私が東北大から日本大文理学部に転出した折に、日本大学大学院文学研究科後期博士課程に社会人入学として進学した。専門は中世後期の日本語研究で、特にお伽草子の言語現象の解明にお茶の水女子大学大学院時代から現在まで携わっている。
 この度、重厚な刊行をなすことで著名な清文堂出版よりこれまでの研究を纒めて『お伽草子の国語学研究』を刊行することになったことは、この上なく喜ばしいかぎりである。
 従来は、中世後期の日本語研究に供する資料としては、キリシタン資料、狂言台本資料、抄物資料という三大資料があり、それぞれに専門とする研究者が多く、多大の成果を斯界に披瀝されている。しかし、研究資料としては、室町時代物語と言われるお伽草子の資料は、右の三資料以上に厖大な資料群を現在に残しているにもかかわらず、言語研究は口語を中心とする原則に従って、文法現象が多分に擬古的な要素を含んでいるために、現在まで研究者からは研究の第一次資料としてより第二次資料の扱いになりがちであった。これに対し、染谷さんは、お伽草子を中世後期語研究の第一資料として果敢にも挑戦して纒められたものが本書である。
 本書の眼目は、第一がお伽草子の研究史と第二が資料を関係づけての研究である。
 第一については、明治以降、現在までの諸研究を細大漏らさずとりあげて、時系列ごとに丁寧に論評を加え、お伽草子の研究の進展を明らかにし、これに各章の諸注を組み込むと、お伽草子の研究史として一書をなすほどの充実をなしている。この研究史の充実は、本格的にお伽草子を言語資料として扱うための避けて通ることのできない基礎的な研究であった。
 第二について染谷さんは、研究史の研究を通して得た従来の研究が渋川版二十三篇に依拠する方法であった点から脱却して、現存するお伽草子全体を研究対象にして総合的に研究しなければならないと考えた。しかし、染谷さんが研究を始めた時期は、資料として、お伽草子研究に一大転換をもたらした『室町時代物語大成』(角川書店、昭和四八〜六三)や数々の影印本が刊行され、その上、図書館・文庫等の資料公開が一般化した時期にあたっていて、デスクワークを行うにしても厖大なお伽草子の資料をいかに選択して研究を進めるかが大きな課題であった。染谷さんは、厖大な資料群を可能な限り使用する原則のもとに、一作品の伝本を写本・絵巻・古活字本・奈良絵本・刊本に、位相をも加味して分類し、テーマによっては代表とする作品で全体に及ぶ方法を取り、常に「全体」を念頭においての壮大な研究である。
 この原則に従って、音韻上の諸現象、「侍り」と「候」、「わらは」などを考察して、中世後期語の実態に対応することを指摘し、かつ、お伽草子全体の共通語に考察を進めるとともに、口語を知るために画中詞を分析し、その口語性を明らかにしている。
 本書は、お伽草子が中世後期語解明の資料として資格を有している点を明らかにした記念碑的著書であり、研究者ばかりでなく、中世やお伽草子に関心のある方々に薦めるものである。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。