■古代の〈けしき〉の研究 | |||||
古文書の資料性と語の用法 | |||||
辛島美絵著 | |||||
本書の構成 序 章 第一節 本書の目的 第二節 本書の構成 第一章〈けしき〉の研究史と問題のありか 第一節 中国語と〈けしき〉の関係について 第二節 〈けしき〉の意味・用法について 第三節 「きしょく(きそく)」との関係について 第四節 〈けしき〉の表記について 第五節 問題のありか 第二章 九世紀以前の〈けしき〉 第一節 〈けしき〉の用例 第二節 中国の典籍との関係 第三節 九世紀以前における〈けしき〉の用例から分かること 第三章 一〇世紀までの〈けしき〉 第一節 個別的な人や事物について使用される〈けしき〉 第二節 存在自体が問題にされる〈けしき〉 第三節 受ける〈けしき〉 第四節 〈けしき〉を感受する方法 第五節 発せられる〈けしき〉 第六節 一〇世紀までの日本語文献における〈けしき〉の特色 第四章 情報としての〈けしき〉と観賞する〈けしき〉 第一節 情報としての〈けしき〉 第二節 美的評価や好悪の対象となる〈けしき〉 第三節 一〇世紀以前、人々は〈けしき〉という語に美的なイメージをもっていたか 第五章 古文書の〈けしき〉 第一節 奉書の定型的文言における〈けしき〉 第二節 一〇世紀以前の古文書における〈けしき〉の用例 第三節 一〇世紀以前の古文書における〈けしき〉の使用状況の整理 第四節 一〇世紀以前の古文書の用法 第六章〈けしき〉の変化と文献資料 第一節 「仰(旨)」と通用する〈けしき〉 第二節 資料を問わずに見られる言語伝達と〈けしき〉との関係 第三節 古記録・古文書の〈けしき〉の用法上の特色 第四節 〈けしき〉が奉書の定型的文言で「仰(旨)」と通用される理由 第五節 今後の資料性研究と景観語彙研究の方向 付 章 古文書を日本語史研究にどう使うか 第一節 文献資料と口語性 第二節 古文書を資料とする日本語史研究 第三節 三保忠夫著『古文書の国語学的研究』について 著者の関連書籍 辛島美絵著 仮名文書の国語学的研究 |
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ISBN978-4-7924-1417-7 C3081 | (2010.11) | A5判 | 上製本 | 256頁 | 本体7000円 |
辛島美絵著『古代の〈けしき〉の研究 古文書の資料性と語の用法』 | |||||
筑紫女学園大学教授・九州大学名誉教授 迫野虔徳 |
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辛島美絵氏による古文書による日本語史研究の第2弾である。古文書は、これまで歴史学研究の分野で利用されることが多く、ことばの資料として活用されることはそれほど多くなかった。一つは、資料が各地に分散所蔵され資料の収集整理が容易ではなかったということがあるが、近年は資料集の刊行、各種データベースの整備充実などによって格段に取り組みやすくなっている。前著『仮名文書の国語学的研究』(清文堂出版 二〇〇三)は、このような環境整備の恩恵を背にこの未開の地に正面から鍬を入れた労作であった。前著では、日本語史資料としての有用性を確かめるところに主たる目標が置かれたために口語についての情報量が比較的多い仮名文書に研究の中心が置かれたが、今回は仮名文書、漢字文書を問わず「古文書の資料性」をあらためて問い直し、そこから古文書語研究の新しい可能性を探ろうとしたものである。前著で取り上げた「る・らる」尊敬用法発生過程の研究は説得力のある注目すべき論考であったが、受身用法から展開していく過程を古文書によってあとづけていくことができるのは、古文書のもつ「実用的対話性」によるところが大きいということをその際も強調していた。著者は、古文書の資料としての基本的な特性の一つとして発信人と受け手がいるという「対話性」を重視する。はっきりした受け手を想定しないまま書かれた他の多くの文献とこの点で古文書は基本的に異なっており、この特色は実際のことばのやりとり、当時の口頭の会話と同じ構造をもっているところに重要な意味があると考える。「る・らる」の尊敬用法は変体漢文の中から生まれたというような書き言葉の世界からのものではなく、恩恵を主とした給受の実際の対話の中から生まれ、それと同じ構造をもつ古文書に逐一そのありようが反映していると考えるべきではないかという。書き言葉の最右翼にあるのではないかとつい単純に思ってしまいそうな古文書が実は構造的には実際の対話に近いものがあるというこの指摘には意表をつかれる思いがする。今回の著書は、この仮説を「けしき・気色」という語を追跡することによりさらに確かめようとしたものといってよいであろう。(この語を選んだのは勤務先の学際的プロジェクト「人間―環境系の媒体としての景観プロセスに関する学際的研究」に関係して日本文化における「景観」をめぐる意識という課題に取り組むことになったことによるという) 古文書などから考えられる一〇世紀以前の「けしき」は「情報としてのけしき」を意味し、現代語の「景色」のような一定の構造をもった空間の意味とは大きく異なっていた。この間の意味変化を情報、発信人、受け手の構造の中でたどっていけるのではないかという。資料のありかたを最大限活用する言語史研究というのが著者のめざす目標のように思われる。その意味では本書は古文書の資料論である(「付章」として本書末尾に「古文書を日本語史研究にどう使うか」という章が付け加えられている)。本書の表題は、一語の語史研究のように見えるかもしれないが、むしろ著者の真の意図はその副題にあるとみるべきであろう。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |