上方歌舞伎と浮世絵
北川博子著


第七回国際浮世絵学会賞受賞
上方絵と、上方絵を用いた歌舞伎研究の基本書


■本書の構成

  第一部 上方歌舞伎の諸相
第一章 歌舞伎資料の特性
  一 「女土佐日記」にみる絵入狂言本の信憑性
  二 上方歌舞伎としての「競伊勢物語」
  三 上方版歌舞伎双六と似顔
  四 役者絵に描かれた情報
  五 一枚摺・役者絵等からみた演博所蔵『許多脚色帖』の編纂
  六 貞広画「四箇霊山天狗脊競」からみた幕末の役者評判記

第二章 家と芸の継承
  一 「嵐橘三郎」の創出とその襲名
  二 中村歌右衛門家の行方

  第二部 上方浮世絵の形成と展開
序 章 上方浮世絵研究の現在

第一章 上方浮世絵史

第二章 版元塩屋長兵衛の動向
  一 役者絵本と一枚絵の版行
  二 読本『浪華侠夫伝』と歌舞伎「けいせい筥伝授」

第三章 大坂と京都の浮世絵
  一 上方役者絵に見る大坂と京都
  二 祇園ねりもの

第四章 描かれた大坂
  一 大坂の顔見世風景
  二 『近来年代記』と浮世絵

  掲載図版一覧 索引


ISBN978-4-7924-1420-7 C3091  (2011.12) A5判 上製本 430頁 本体10,000円

   上方絵と上方絵を使った歌舞伎研究の基本書


大和文華館館長  浅野秀剛

 江戸絵という言葉は、十八世紀に、江戸で制作された鳥居派などの一枚絵(今流に言えば浮世絵版画)という意味で生まれたが、上方絵という言葉は、おそらく近代になって、江戸の浮世絵と区別する言葉として生まれたと思われる。戦後になって、上方絵は浮世絵なんだということを分かりやすく示すため、上方浮世絵といういい方が普及した。しかし、それに対する江戸浮世絵という言葉は、ほとんど使われることがない。そのことが端的に示すように、現在、浮世絵というと一般的には江戸絵を指し、京都・大坂で制作された浮世絵は、上方絵(上方浮世絵)といわれることが多い。江戸絵は上方絵の数十倍あると思われるが、上方絵も優に万を超す数が伝存する。上方絵は、上方で生まれ、愛され、育った、優れた文化的所産なのである。本書は、その上方絵研究の現在の水準を示す一冊である。

 著者の北川博子氏は、浄瑠璃・歌舞伎研究を皮切りに、故・松平進先生のもとで長年、上方絵の研究に取り組み、現在はその第一人者として広く知られている。近年は、自身の勤める阪急学園池田文庫(現、阪急文化財団)所蔵の上方絵図録をはじめとする所蔵品図録や展覧会図録の執筆も多く、本書とそれら図録類を合せ見ると、現在の上方絵研究の現状が百パーセント理解できる。江戸絵を研究している私がいうのも恥ずかしいが、作品の集積と紹介は、上方絵の方がはるかに進んでいるのである。

 本書は、第一部の「上方歌舞伎の諸相」と第二部の「上方浮世絵の形成と展開」に分かれているが、第一部も、換言すれば、上方絵を中心とする絵画資料を用いた歌舞伎研究の成果といってよい。近年、浮世絵などの絵画資料を用いた歌舞伎研究が盛んになったが、北川氏はその中心にいるのである。第二部は文字どおり上方絵の研究で、序章の「上方浮世絵研究の現在」と第一章の「上方浮世絵史」は、研究者必読である。一括りに上方といっても、京都と大坂では文化的土壌が異なり、制作された浮世絵にも明確な違いが認められること、上方にも、風景画や美人画が一定量制作されたことなどが明らかになったのは、主として氏の業績である。

 北川氏は、「はじめに」のなかで、「海外研究者との交流を深めるにつけ、この研究姿勢(細密化された詳細な分析)は日本国内でしか行われていない貴重な手法だということを再認識した。」と述べているが、絵を、番付・台帳・評判記や文書などの様々な資料を用いて分析することや、絵を含むあらゆる資料を有機的に関連付けて、当時の実相を浮かび上がらせる研究は、誰もが簡単にできるものではない。氏はおそらく、十年後、二十年後に、更なる成果を世に問うと信じているが、それまでは、本書が上方絵と、上方絵を使った歌舞伎研究の基本書であり続けることは間違いない。最後に、本書は、上方、特に大坂という土地と、大阪が生んだ文化への著者の愛に満ちていることを付記しておきたい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。