■抄物語彙語法論考 | |||||
山田 潔著 | |||||
豊饒の沃野=室町時代語の世界に踏み入る。 ■本書の構成 第一章 清原宣賢講『論語抄』の語彙と語法 ―「叡山文庫本」と「京大図書館本」との抄文比較― 第一節 清原宣賢講『論語抄』の語彙 第二節 清原宣賢講『論語抄』の語法 第二章 抄物資料による構文の論 第一節 抄物における「動詞連用形+ゴト」構文の諸相 第二節 『山谷抄』の接続詞 ―「あれども・あるが・あるに・あるを」の用法― 第三節 抄物における助動詞「げな」の用法 第四節 『玉塵抄』における「こそ」の用法 第五節 『玉塵抄』における「ばかり」の用法 第三章 抄物資料による表現の論 第一節 抄物のカタチヨミとその類縁表現 第二節 和語としての「こふ(甲)」 第三節 室町時代語における「自由」 第四節 抄物資料から見た慣用表現二題 1 「石橋を叩いて渡る」考/2 「いざ生きめやも」考 第四章 『玉塵抄』の諺・成句 索 引 ◎山田 潔(やまだ きよし)……1943年東京都生まれ 東京学芸大学大学院修士課程修了 現在、昭和女子大学大学院教授 著者の関連書籍 山田 潔著 玉塵抄の語法 山田 潔著 中世文法史論考 山田 潔著 抄物の語彙と語法 ◎おしらせ◎ 『日本語の研究』第11巻4号(2015年10月号)に書評が掲載されました。 評者 小林千草氏 |
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ISBN978-4-7924-1430-6 C3081 (2014.3) A5判 上製本 404頁 本体11,000円 | |||||
山田潔著『抄物語彙語法論考』を薦める | |||||
大正大学名誉教授 倉島節尚 |
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長年抄物の研究を続けてこられた山田潔氏の新著『抄物語彙語法論考』が上梓された。私は辞書学が専門で、抄物については基本的な知識しか持たないが、嘗て辞書編集者時代に古語辞典を担当して以来、鎌倉・室町時代の言語に関心を抱き、多少調べたこともある。山田氏との交誼は四〇年に及び、氏の堅実な研究姿勢には深い敬意を抱いており、本書の章立てなどに些かの愚見を述べたこともあったので、乞われるままに推薦の辞を綴ることにした。 山田潔氏は、『玉塵抄の語法』『中世文法史論考』の著者として知られる。本書『抄物語彙語法論考』は、氏が二二年間勤務した昭和女子大学を退職されるに当たって刊行された。主として二〇〇八年以後に発表した論文を収録し、内容は抄物の語彙・語法・表現・諺成句の多岐に亘る。その中で、私が興味を持った項目の幾つかを紹介したい。 まず注目すべきは、「動詞連用形+ゴト」構文の考察である。青木博史氏の論文により、「例示一般化」を表す語法であると把握されていた。それに対して山田氏は、「動詞連用形+ゴト」には本来「適当」の意味が含まれ、「動詞連用形+ゴト+ハナイ」は、それを否定する意味の構文であることを、「べし・うず」を含む文と対比的に用いられている用例を多数挙げて述べておられる。両氏の御論のどちらがより妥当であるかは俄かに述べ難いが、極めて意欲的な行論と言える。 次に、「自由」の論文が目を引いた。従来、翻訳語以前の「自由」は「わがまま・身勝手」の意味で好ましくない感じを持つ語であったというのが通説であったが、山田氏は、身体的・精神的「自由」が本来の意味であり、そこから自分の思い通りに操作したり行動したりする用法が生まれ、更にその「自由」があるべき規範・制約から外れた場合に「わがまま・身勝手」の意味を派生したと考えられることを、数々の抄物から用例を引いて実証した。また、翻訳語かとされていた「自由を得る」の用例が、抄物にも多く認められることを指摘している。 もう一つ、「亀の甲(こふ)」の「甲」は、純粋の和語と考えるべきであるという論考がある。「甲」の字音はカフであるが、抄物類ではしばしば「コフ(コウ)」と記されている例がある。この「こふ」は和語であることを、主として『玉塵抄』の用例に基づき論証しており、極めて説得力のある内容である。以前、農作業の際に手の甲から腕にかけて覆う布製のものを「てっこう」と言っていた。辞書では「手甲」の字を当てるので湯桶読みなのかなと思っていたが、この論考により「こう」は和語で、「てっこう」は「和語+和語」と考えてよさそうだと知って納得した。 第四章「玉塵抄の諺・成句」は、九四頁にわたって凡そ五〇〇項目を収載する。「いわしの頭で鯛を釣らうとした」「ゆがうだ木も山のかざり」「手のうらをかえす」「たてがれ」など今日の表現や語形とは異なるものが多く見られる。また、自分の妻を「身が所の不肖な子どもの母が」と謙称し、「中年」を五〇歳とするなど、内容的にも興味深いものがある。 以上、繁簡宜しきを得ないが、内容の一端を紹介した。全編を通して広範の抄物から収集した豊富な用例によって論証が行われており、従来の通説に疑義を呈するものも多く、極めて示唆に富む論集である。 本書の「あとがき」に室町時代語は「豊饒の沃野」とある。本書を手に取り、豊饒の沃野に踏み入れることをお勧めする。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |