鈴鹿の物語 研究と注釈
安藤秀幸編著


 室町時代から江戸時代初期にかけて、多くの短編物語が編まれた。今日の文学研究者に「室町物語」(広義の御伽草子)と称される作品群である。その中の一編に、『鈴鹿の物語』(『田村の草子』)がある。田村麻呂伝承と関連付けて紹介されることの多い本作であるが、その他にも異類婚姻や数度の化物退治、天女・鈴鹿御前との対決と婚姻、さらには主人公の死と蘇生など、興味深い要素に溢れている。本書はこの『鈴鹿の物語』について検討し、また注釈を試みるものである。
 本書は研究編・注釈編からなる。研究編は、『鈴鹿の物語』と先行説話・先行作品との関わりについて、すなわち『鈴鹿の物語』の編者は何を踏まえ、どのような操作を加えて物語を編んだのかということを主眼に論ずる。
 注釈編においては、天理図書館蔵写本を底本として校訂本文を作成し、注を付した。注については単なる語釈にとどまらず、表現の典拠や他作品に見られる類似表現、先行研究における解釈についても紙幅の許す限り記し、この作品の解釈と鑑賞に資するべく心がけたものである。 
 また、付録として天理図書館吉田文庫蔵本の翻刻を収める。






■本書の構成

研 究 編



第一部 『鈴鹿の物語』研究序

第一章 『田村の草子』研究史

 はじめに
 一 『田村の草子』の翻刻
 二 研究史概観
 三 『田村の草子』主要研究
 おわりに――先行研究の達成と問題点

第二章 『鈴鹿の物語』の諸本と系統

 はじめに
 一 主要伝本
 二 本文異同と諸本のグループ
 三 本文異同から得られるもの
 おわりに――本文グループの先後関係について
 附記 研究編と注釈編の使用本文について

第二部 『鈴鹿の物語』とその素材

第一章 『鈴鹿の物語』と『諏訪の本地』の関わり 
――〈鬼にとられる鈴鹿御前〉と〈飛ぶ剣〉を端緒として――

 はじめに
 一 大嶽退治譚――鈴鹿御前はなぜ「とられ」るのか
 二 〈飛ぶ剣〉の起源
 三 『鈴鹿の物語』と諏訪系説話
 おわりに――『鈴鹿の物語』の編集態度


第二章 聖徳太子説話の裾野 
――『鈴鹿の物語』金飛礫退治譚から――
 はじめに
 一 「奈良坂の金飛礫」について
 二 金飛礫退治譚と『聖徳太子伝』
 三 龍馬入手譚と太子説話
 おわりに


第三章 悪路王退治譚 
――『鈴鹿の物語』における鬼退治譚の素材と構成方法――

 はじめに
 一 『鈴鹿の物語』以前の悪路王説話
 二 悪路王退治譚と『酒呑童子』
 三 『鈴鹿の物語』と「諏方縁起」
 四 『鈴鹿の物語』と『神道集』高丸説話
 五 説話の分割利用――大嶽退治譚
 おわりに


第四章 鈴鹿御前とかぐや姫 
――『鈴鹿の物語』と二種類の竹取説話――

 はじめに
 一 「神通の車」について
 二 鈴鹿御前の死と形見
 おわりに


第五章 鈴鹿御前・田村将軍の死と蘇生
 ――『毘沙門の本地』・『日光山縁起』を軸として――

 はじめに
 一 『毘沙門の本地』との類似
 二 冥途炎上説話と『日光山縁起』
 三 入れ替わり蘇生譚について
 おわりに――本地物としての可能性


第三部 『鈴鹿の物語』の近世化

第一章 『鈴鹿の物語』から『田村の草子』へ 
――古本系から流布本への変容――

 はじめに
 一 『田村の草子』と『鈴鹿の物語』
 二 大嶽丸退治と謡曲『田村』
 三 英雄としての田村
 おわりに


第二章 大東急記念文庫蔵『すずか』について

 はじめに
 一 諸本における東急本
 二 東急本と他本の相違
 三 東急本の改作方針
 おわりに





注 釈 編

凡例・略解題


1俊祐の結婚
2日りうの誕生
3身馴川の大蛇退治
4照日との恋
5照日の失踪
6天狗の助言
7多聞天の加護
8陸奥たに三山へ
9悪路王退治
10ふせりの誕生
11父子の対面
12唐土攻め


13金飛礫退治
14立烏帽子捜索
15鈴鹿の御殿
16鈴鹿との出会い
17田村の密書
18鈴鹿の参内
19高丸追討へ
20鈴鹿の秘策
21龍馬入手
22鈴鹿との再会
23大嶽退治
24鈴鹿・田村の死
25蘇生と栄華
(26)他本の末尾・跋文

参考文献
引用・参照資料
【翻刻】天理図書館吉田文庫蔵本「すゝかの物語」



  ◎安藤秀幸
(あんどう ひでゆき)……1982年京都府生まれ 京都府立大学卒業・大谷大学大学院文学研究科博士後期課程修了 現在、大谷大学・京都府立大学非常勤講師




ISBN978-4-7924-1476-4 C3091 (2022.7) A5判 上製本 518頁 本体16,500円

  
難解『鈴鹿の物語』初の研究・注釈書

京都府立大学名誉教授・大谷大学元教授 池田敬子  

 文学部国際文化学科にあって国文学しかも古典に興味を持ち、多くの学生が嫌う諸本の異同校合を楽しい面白いとどんどん進め、参考作品を挙げるといつのまにか読んでしまう。安藤秀幸氏はそういう学生であった。私自身が演習の題材に選んだことを後悔した『鈴鹿の物語』に彼が非常に興味を持ったのも、先の性格によるのだろうか。修士課程までであった京都府立大学の国際文化専攻から博士後期課程では大谷大学の仏教文化専攻に進み、沙加戸弘先生から古典籍や古文献の取り扱いの訓練も受けることができた。

 博士後期課程で、安藤氏は研究テーマに『鈴鹿の物語』を選んだ。「諸本校合から今の我々の合理的解釈による別本文を作らぬこと・僅かずつでも注釈を付けながら読み進めること・現在残されている文献史資料に基づくこと」の三点をアドバイスした。彼は魅入られたように基礎作業を続け、先行研究を咀嚼し、近年の論にも目配りを怠らず、作品と対峙し問題点を掘り下げていった。その成果が本書である。第一部の研究史の整理(第一章 『田村の草子』研究史)と諸本論(第二章 『鈴鹿の物語』の諸本と系統)を読めば、安藤氏がいかに周到・丹念に基礎作業を進めこの厄介な作品世界を解きほぐす道を開いていったかが推察されるであろう。

 そしてこの基礎の上に、「第二部 『鈴鹿の物語』とその素材」の諸論文が展開される。未だすべてが解明された訳ではなく残る課題も多い。しかし所載の論ではいずれも『諏訪の本地』や『毘沙門の本地』・『日光山縁起』などの本地物や縁起類、その古形を示す『神道集』に加えて『聖徳太子伝』に至る中世独特ともいえる諸作や、歌書や古今集・伊勢物語などの注釈書との関わりがめまぐるしく示されて、読者は否応なくそれらのオーケストレイションに引き込まれていく。いずれの論も安藤氏の『鈴鹿の物語』本文の読みの深さと広さや話のパターンの切り取り方の巧みさをあらわしていよう。特に「第三章 悪路王退治譚」や「第五章 鈴鹿御前・田村将軍の死と蘇生」は息つく暇も与えぬ印象である。

 既に指摘されてきた室町物語どうしの影響や謡曲との関わりは当然として、「第三部 『鈴鹿の物語』の近世化」では古浄瑠璃の影響も指摘するなど、新たな視界を拡げている。 また、少しずつ着実に進めてきた注釈は、未詳・不詳を含みながらも一旦の成果に到達した。世に出すことによって、多くの教示が得られることを祈る。

 『鈴鹿の物語』に魅入られた彼は、『鈴鹿の物語』が必要とする研究者であるのかもしれない。この難解な作品の全編の解明を続けることはもちろんとして、既に新たに広汎な研究課題が浮かび上がったはずで、本書を礎として安藤氏の研究がさらなる飛躍を遂げ、「室町物語」が必要とする研究者として大成することを、期待してやまない。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。