近代日本の感染症対策と地域社会
竹原万雄著


コレラや赤痢等といった感染症が猛威をふるった明治時代、近代的感染症対策を欧米から導入した政府の元来の構想は「自治的予防体制」であったが、患者差別を危惧した隠蔽横行や明治前半にはまだ多かった漢方医と西洋医の対立等に直面して警察を動員せざるを得ず、患者差別と私権制限という現代同様の問題が噴出する。感染症対策から日本の近代化過程を追究した好著。




■本書の構成


 序 章

第一部 衛生政策構想と情報収集

 第一章 明治初期の衛生政策構想
 第二章 衛生政策構想と地域情報の収集
 第三章 西洋医学の採用と伝染病対策

第二部 明治一〇年代のコレラ流行と地域社会

 第四章 「コレラ騒動」再考 
─明治一五年の宮城県を事例として─
 第五章 コレラ流行と有志の活動 
─明治一五年の宮城県を事例として─
 第六章 コレラ流行と地域社会
 第七章 明治一九年における山形県のコレラ流行
 第八章 医師組合と医師の実態

第三部 「自治的予防体制」と「伝染病予防法」の成立

 第九章 明治二〇年代前半の伝染病対策 
─「自治的予防体制」の成立─
 第一〇章 赤痢流行と地域社会
 第一一章 明治二〇年代後半における新潟県の赤痢流行
 第一二章 明治二八年における山形県のコレラ流行
 第一三章 「伝染病予防法」の制定過程とその内容

 終 章

 
[主な参考文献] [初出一覧] あとがき 索引



  ◎竹原万雄(たけはら かずお)……1978年 栃木県生まれ 東北芸術工科大学芸術学部歴史遺産学科准教授 博士(学術)



ISBN978-4-7924-1483-2 C3021 (2020.12) A5判 上製本 364頁 本体8,800円

  
感染症の歴史を教訓に何をするのか?

竹原万雄  

 二〇二〇年、新型コロナウイルス感染症が世界中に広がり、過去に流行した感染症にも目が向けられている。

 人から人にうつる感染症は、個人から地域・国家・世界に及ぶ大小の人間集団の生命・存続に関わる。それだけに、それぞれの立場によって協調・対立する様相が顕著に表れ、医療提供体制の確保、休業や外出自粛要請と経済活動の維持あるいは「私権制限」、「患者差別」など解決困難な問題が噴出する。それでは、かつての感染症流行の現場では、どのような対策が講じられ、人びとはどのような行動をとって来たのであろうか。過去の感染症をめぐる問題とそれへの対応を通時的かつ客観的に見つめることで、現代社会に問い直す課題も出てくるであろう。

 本書では、コレラや赤痢といった急性感染症が猛威をふるった明治時代を対象に、流行現場における人びとの行動と政府による対策を照合しながら感染症対策の変遷を追った。明治政府は欧米から衛生行政を導入し、検疫・消毒・隔離といった現代でも実施される感染症対策を制度化していった。そのため、本書は日本における近代感染症対策の形成過程あるいは感染症対策にみる日本の近代化過程を追究したものと言い換えることができる。

 近代日本の感染症対策は、国家が主導し、警察が主体となって強権的に実施されたことがしばしば特徴としてあげられるが、本書で明らかになったのは、頻発する感染症の流行に翻弄されつつ、感染症が流行する地域社会の実情に応じて試行錯誤を繰り返しながら対策をつくり上げる明治政府の姿であった。警察が主体となって強権的な対策を推進する背景にも地域社会の実情があったのである。

 とくに強調したのは、流行現場で繰り返し問題になった患者の隠蔽である。患者を隠蔽する要因には、感染症患者と診断されると地域社会から忌避されてしまうといった、現在でも問題としてあり続ける「患者差別」があった。しかし、隠蔽を放置しては感染箇所を特定できず、予防も後手に回ってしまう。しかも、コレラの致命率は新型コロナをはるかに上回る七〇%にも達する。明治政府は試行錯誤を繰り返し、結果、人権侵害を憂慮しながらも隠蔽患者を発見すべく個人宅にまで立ち入る患者検診を法定化した。

 このように、過去の感染症流行の現場からも「患者差別」と「私権制限」の問題が浮かび上がった。本書を通して、繰り返される歴史を確認するだけではなく、この歴史をいかに活かすのかを考えていただければ幸甚である。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。