伝承文学を学ぶ
小川直之・大石泰夫・服部比呂美・飯倉義之編


文学には、文字テキストに限らず、うたわれた歌を多く収めた『萬葉集』、琵琶の音曲で語った『平家物語』、「むかしむかし」と語りかけた昔話など「声」の文学が存在する。こうした「口承」を重視した柳田國男や折口信夫に学び、記紀の説話から現代の世間話に至る伝承文学について、26課題を取り上げ「声」と「文字」の文学を交叉させて編み、口承と書承の両面から民俗学の手法で解き明かす。




■本書の構成


凡例
総論 「伝承文学」とは何か
 
第一章 人間と動物の物語
第1講 異類婚姻・蛇聟入
第2講 異類婚姻・狐女房

第二章 動物世界の物語
第3講 動物物語 猿蟹合戦(動物の葛藤)
第4講 動物報恩譚
第5講 小鳥前生譚

第三章 人間と異郷・神霊の物語
第6講 天人女房譚
第7講 来訪者歓待譚
第8講 異郷訪問譚
第9講 小さ子譚
第10講 運命譚

第四章 人間世界の物語
第11講 貴種流離譚
第12講 棄老説話
第13講 霊験と富
第14講 隣の爺譚
第15講 継子譚
第16講 和尚と小僧譚
第17講 おどけ者話
第18講 愚か聟話・愚か村話

第五章 伝承文学研究の諸課題
第19講 説話の伝播者
第20講 伝説とその伝播者
第21講 昔話の移動と移入
第22講 歌の伝承
第23講 絵解き・唱導文芸
第24講 説話と芸能
第25講 説話とメディア・観光
第26講 世間話の伝承と生成
伝承文学を学ぶ基本文献


  


ISBN978-4-7924-1496-2 C0091 (2021.12) A5判 並製本 234頁 本体2,200円

  
「声」と「文字」が交叉する文学世界へ

國學院大學文学部教授 小川直之  

 「伝承文学」とは

 「文学」といえば文字テキストであるのが一般の理解となっているが、これだけに拘泥していたのでは、その全体像は理解できない。「文学」には、文字テキストの対方に「声」による文学があるからで、文学思考には両者への眼差しが必要となる。このことは、たとえば『萬葉集』などに収められた歌の多くは、うたいあげるものだったと考えられるし、『平家物語』は琵琶の音曲とともに語られたことを思い出せばわかることである。であるから「文学」は、文字として定着したテキストの読みだけでは不十分である。

 本書は、ややもすれば等閑視され、放置されたままとも言える「声」の文学に軸足を置き、歴史的には古代から現代の間を行き来しながら、時代を超えて受け継がれてきた文学のありようを知り、学ぶためのものである。この意味においては、非文字世界に立脚した文学史を学ぶ書ともいえる。

 「声」という非文字による文学を、柳田國男は文字以前の文学と位置づけ、これに「伝承文学」という名辞を与えている。また、文学発生の基点に寿詞や呪詞、唱導という行為を置いた折口信夫は、これを「伝承文芸」と命名していることからいえば、この書は柳田や折口の視点と方法を基軸にして編んだものでもある。
 
 口承と書承と

 「声」の文学というのは、言語行為からいえば「かたる」「うたう」「となえる」「はなす」などによる文学であり、それは「口承」によって受け継がれてきた。現在いうところの口承文芸学は、文学・文芸の継承の方法によっているが、この対方には文字による継承である「書承」がある。これは時代を超えて書き継がれた文学であるが、口承と書承は対立し分別される方法ではなく、相互に密接な関係をもって存在し続けてきたといえる。

 具体的にあげるなら、本書の第1講では、異類婚姻の「蛇聟入」を視点に、『古事記』の三輪山伝説、『平家物語』の苧環、そして昔話として語られた蛇聟入の本文を並べ、そのモチーフの持続と変化を説明している。夜に蛇が男に化身し、女のもとを訪れて契りを結ぶ物語は、中国唐代や朝鮮三国時代の文献にもあって、物語のこうした広がりからは『古事記』に淵源するものでないことは明らかである。いわば古くから語り継がれた口承の物語が、何らかの必然性をもって『古事記』や『平家物語』に取り込まれたと考えるのが妥当である。口承と書承の関係は、この一例からも対立し分別されるものではないことがわかる。

 本書はこの第1講から「世間話の伝承と生成」という第26講まで、個々に課題を明確にして編み、民俗学の内容を盛り込んだが、いずれも口承と書承、「声」と「文字」によるテキストを交叉させて取り上げているのが特色である。この構成からは、文学を学ぶ書としては他に類書がない、ユニークなものといえる。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。