類題和歌集と公宴御会和歌の研究
三村晃功著


著者は数多存する諸種の類題和歌集を「和歌曼陀羅の世界」と総括して、その存在を浮き彫りにしてきた。しかし、公宴御会和歌の研究は未開拓の研究領域に属する。本書は、第三章「公宴御会和歌」関係の論考とその補完資料群を主幹に据え、類題和歌集関係の論考を付随した構成に、原文に忠実な翻刻資料と和歌索引も添えて、利用者の便益を図る渾身の研究書。






■本書の構成

序章 概括


   第一章 中世の類題和歌集

第一節 『二八明題和歌集』の新出伝本

第二節 『題林愚抄』の撰集資料
  一 はじめに
  二 「李夫人」と「陵園妾」の例歌
  三 「上陽人」と「楊貴妃」の例歌
  四 「唐人」の例歌
  五 おわりに


第三節 『題林愚抄』の歌題と撰集資料
  一 はじめに
  二 『題林愚抄』の歌題掲載の方法
  三 『題林愚抄』の撰集資料
  四 おわりに



   第二章 近世の類題和歌集

第一節 『類題和歌集』の性格
  一 はじめに
  二 『類題集』の「公事」部の歌題
  三 『類題集』の「公事」部の例歌
  四 『類題集』の「公事」部の内容――原拠資料と詠歌作者
  五 おわりに


第二節 『類題和歌集』の成立
  一 はじめに
  二 『類題集』の内容
  三 『類題集』の成立


第三節 『類題和歌』の成立
  一 はじめに
  二 書誌的概要
  三 歌題の問題
  四 収載歌の問題――詠歌作者と原拠資料
  五 成立の問題
  六 撰者と編纂目的の問題
  七 まとめ


第四節 『新類題和歌集』の成立
  一 はじめに
  二 書誌的概要
  三 撰集資料の問題
  四 内容――原拠資料と詠歌作者
  五 歌題蒐集の傾向
  六 成立時期と編纂目的、編者の問題など
  七 おわりに



   第三章 公宴御会和歌

第一節 「正治二年二月二十五日後京極家当座歌会歌」

第二節 「文安三年七月二十二日公宴続歌」の成立
  一 はじめに
  二 翻刻
  三 内容――詠歌作者・歌題・加点和歌の問題など
  四 おわりに


第三節 「文安四年八月十一日内裏御続歌」の成立
  一 はじめに
  二 翻刻
  三 内容――詠歌作者・歌題・加点和歌の問題など
  四 収載歌の特徴
  五 おわりに


第四節 「永正八年月次和歌御会」の成立
  一 はじめに
  二 『公宴続歌』に記載の永正八年月次和歌御会
  三 「永正八年七月二十五日 月次和歌御会」
  四 「永正八年七月二十五日 月次和歌御会」の特色
  五 おわりに


第五節 『公宴続歌』の解題


   第四章 和歌文献資料群像

第一節 『文明十三年着到千首』 
―解題・本文・初句索引―

第二節 『和歌部類 一』 
―解題・本文・初二句索引―

第三節 『公宴続歌―永正四年関係分―』 
―解題・本文・初句索引―

第四節 版本『類題和歌集』未収載歌集成 
―前書・本文・和歌索引―

第五節 『名家拾葉集』 
―本文・初二句索引―

第六節 『故人證謌集』収載「宗好詠草」 
―本文・初句索引―

終章 総括

  
あとがき/和歌索引




  ◎
三村晃功(みむら てるのり)……1940年岡山県生まれ 大阪大学大学院文学研究科修了 京都光華女子大学名誉教授・元学長




ISBN978-4-7924-1500-6 C3091 (2022.8) A5判 上製本 775頁 本体24,000円

  
類題集研究賛

京都女子大学教授 大谷俊太  

 和歌はいかにして詠み出されるか。題詠であれば、まず題が与えられる。その題の意味する情景を思い浮かべてみる。そのイメージを言い表すことばを探す。歌を詠むからには人と違う新しい歌を詠みたい。いま浮かんでいる情景は通り一遍なものなのではないか。別の風景はないのか。そもそもこの題でこれまでどのような和歌が詠まれているのか。それらの和歌ではこの題がどのように捉えられ、どんなことばが用いられているのか。――そこで、繙くのが類題集である。歌人にとって、類題集ほど重宝なものはない。

 もっとも、近代以降、個性重視の直叙をよしとする風潮とも相俟って、類題集は、何か人真似をして小手先で歌を仕立てあげるのに便利なだけの初心者向け実用書と軽んじられるむきがあったことも否めない。しかし、実用書で大いに結構。実用書ならざる歌学書など古来存在しない。初心者のためには、題の本意を教え、歌語・成句を並べ示してくれる。中・上級者のためには、例歌が、新趣向・新風情を考え出すための契機を与え、思い至った趣向・風情が和歌の姿をはみ出して異風に流れていないことを保証する証歌として機能する。あるいは例歌の中に全く同じ風情・趣向の歌(等類)がないことも確認できる。歌人は類題集を見ることで、容易に歌題の林に深く分け入り、例歌という言の葉を子細に観察し、その生命力を存分に享受してきた。則ち、我々も類題集を手掛かりに歌人の心の襞に入り込まない手はないであろう。

 類題集は勅撰集などと違って歌を撰ばない。全てが寄り集まり体系的に並べられ全体が示される。かつ、一首一首がその居場所を与えられている。あたかも真如の月が普く一隅を照らすかのように。一首一首は所与の題の中でさまざまな風情を求め趣向を凝らし、当位即妙に精いっぱい花を咲かせている。あたかも曼荼羅に於いて仏を載せる蓮華座であるかのように。

 大部で数多ある類題集の重要性に早くから気付かれ、次々にその成り立ちを解明されていった三村さんは、ついには類題集を和歌曼荼羅であると喝破された。三村さんの研究の蓄積に導かれ、我々は類題集を心置きなく利用できる恩恵に浴している。まさしく干天慈雨。この恵みの雨を心ゆくまで浴びようではないか。



  
『公宴続歌』研究の道標

京都女子大学教授 小山順子  

 室町時代に関する研究が活況を呈している。二十一世紀に入ってから、特に皇室に関する研究は歴史学・文学ともに進展がめざましい。

 室町時代の禁裏和歌は、同時代の連歌や能楽に比して研究が立ち後れていた感が否めない。しかし近年、研究が進展したことの背景には、『公宴続歌』が活字で刊行されたことがあったのではないかと思われる。『公宴続歌』は、宮内庁書陵部蔵の全二十九冊、収録歌数は二八、〇〇〇首以上に及ぶ大部の書で、室町時代から近世初期までの宮廷の御会和歌を収めた写本だ。この歌書が『公宴続歌 本文編・索引編』(和泉書院)として活字で刊行されたのが二〇〇〇年のこと。個人的なことを記せば、私は当時、大学院生だった。以後、私の室町期和歌研究は、この活字本をもとに進めてきた。どれほど大きな恩恵を受けてきたか計り知れない。しかしふと振り返ると、『公宴続歌』の刊行以前、室町期の禁裏和歌を研究する時、研究者は何を基礎資料としていたのだろう。原本や写真版に依るしかない状況では、禁裏和歌の個々の御会を考察するだけでも一仕事で、歴史を追うともなれば並大抵でない努力と労力が必要だったはずだ。歴史を縦断して作品を見られる『公宴続歌』活字本の意義は絶大なものがある。この『公宴続歌』の活字本刊行にあたり、編集代表をつとめられたのが、本書の著者である三村晃功氏だった。

 このたび刊行される『類題和歌集と公宴御会和歌の研究』は、その三村氏がこれまで発表してきた『公宴続歌』に関する論考だけでなく、『公宴続歌』の欠落を補う資料紹介・翻刻を収めている。今や『公宴続歌』は室町期和歌の研究として必須の書となり、室町期禁裏和歌の研究も進展してきたが、いち早く『公宴続歌』の研究を手がけられた三村氏の一連の研究がこのようにまとめられたことは、後続の研究者として大変ありがたい。研究史における意義もさることながら、活字本の刊行に先立って発表された論考は、活字本が出されそれに依拠するがゆえに目配りを欠かしてしまいがちな周辺資料も合わせて検討されており、改めて参考になることが多い。今後も室町期禁裏和歌の研究に、『公宴続歌』が必須の書であり続けることは間違いない。それとともに、本書が『公宴続歌』活字本とともに参看すべき研究書であるのも確かである。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。