■東北の民俗歴史論 | |||||
儀礼・祭礼・芸能 | |||||
菊地和博著 | |||||
現代の民俗は流通や情報によって地域差が少なくなっているとされるが、少なくとも祭礼と芸能にはさまざまな地域の特性が根付いている。第一章の大黒信仰儀礼では大豆を通じた経済史にも着目し、第二章の酒田山王例祭図屏風では九州にも及ぶ比較論を展開、第三章の黒獅子芸能は説話や「まつり」の現在にも論及する。第四章は、東北三県の夏祭りについてその歴史的根源性を考察する。民俗と歴史の渾然一体とした融合が示される。 ■本書の構成 まえがき 第一章 東北地方の大黒信仰儀礼の研究 はじめに 第一節 大黒信仰研究史について 第二節 大黒信仰儀礼の実態 第三節 大黒信仰に関わる全国状況比較 第四節 大黒信仰の分析と特徴 第五節 「庭田植」(雪中田植)と豊作祈願 第六節 江戸時代からの大豆栽培 第七節 考 察 まとめ [補遺論考・その一] 東北の大黒信仰儀礼・習俗の事例 [補遺論考・その二] 大黒信仰儀礼と菅江真澄 第二章 「酒田山王例祭図屏風」三つの画像の民俗学的研究 はじめに 第一節 「酒田山王例祭図屏風」について 第二節 図像①「山車(立て山鉾)」について 第三節 図像②傘鉾について 第四節 図像③獅子舞(十二段の舞)について 第五節 考 察 まとめ 第三章 黒獅子の芸能とまつりの研究 はじめに 第一節 治水・利水の神と祭祀伝承 第二節 「三淵明神大絵図」 第三節 崩山と総宮大明神の由来伝承 第四節 野川の大蛇(龍神)信仰 第五節 物語性の強まり 第六節 獅子舞の発生 第七節 熊野修験系の獅子舞 第八節 太神楽の赤色 第九節 総宮大明神の祭礼と獅子舞 第十節 長井市および周辺の獅子舞(黒獅子) 第十一節 黒獅子舞と「ながい黒獅子まつり」 まとめ 第四章 東北三県の夏祭りの起源 はじめに 第一節 青森県の「ねぶた・ねぷた」 第二節 秋田県の「竿燈」 第三節 宮城県の「仙台七夕」 まとめ [初出一覧] あとがき 菊地和博(きくち かずひろ)……1949年生 東北文教大学特任教授 博士(文学) 著者の関連書籍 菊地和博著 東北の民俗芸能と祭礼行事 入間田宣夫・菊地和博編 講座 東北の歴史 第五巻 信仰と芸能 |
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ISBN978-4-7924-1530-3 C3039 (2025.1) A5判 上製本 348頁 本体9,500円 | |||||
祭礼と芸能を通じて探る民俗の地域性と伝承性 |
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國學院大學文学部教授・日本民俗学会会長 大石泰夫 |
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本書の「民俗歴史論」という名称が示す概念自体が、現在あまり使われているものではない。しかし、近現代社会が生み出している「民俗的なもの」に眼を向ける研究が多く出される中で、歴史資料・絵画・口頭伝承を総合的に分析して民俗伝承の歴史性を明らかにする研究は、民俗学の重要な方法論である。本書の著者である菊地和博氏は一貫してその方法論を展開し、今までいくつもの著作物を公表してきた。本書も、そうした論述が存分に展開されている。居住されている山形県を中心にしながら、東北全体をフィールドとしているということも、現在の民俗学者にあまり多くはなく、地域の比較研究の視座も盛り込まれている。 第一章の東北地方の大黒信仰儀礼の研究は、日本全国に伝わる農耕と深い関わりをもつ大黒信仰を論じたものである。これを論じるにあたって、まずは東北各地の事例を文献から抽出して、日本全国を扱った『日本の民俗』や『日本民俗地図』との比較を行い、東北の伝承の固有性を提示する。この固有性を「東北的変容」と捉えて、その変容の時期を明治以降としている。またその要因として東北の大豆の収穫量の多さを指摘している。 第二章は「酒田山王例祭図屏風」に描かれた「山車(立て山鉾)」「傘鉾」「獅子舞(十二段の舞)」の三つの画像を読み解いた研究である。祇園系の祭りとの比較を通して山車と傘の特徴を論じ、現在の意味を分析したものである。また、獅子舞については黒い頭であることに注目して、鳥海山修験の影響を指摘している。 第三章は、山形県置賜地方に四十以上の伝承が確認できる黒獅子と呼ばれる黒い獅子頭を用いた獅子舞を論じたものである。この芸能の発生と展開には長井市を流れる置賜野川の治水・利水の歴史を通して三淵明神の大蛇信仰が生まれ、それが黒獅子発生の根源にあることを論じる。また、そうした発生要因をもつ芸能が、現在では観光と地域振興に寄与する大きな祭礼行事「ながい黒獅子まつり」として行われているという現代的な伝承のあり方に言及している。 第四章は、青森・秋田・宮城の東北三県の極めて著名な「ねぶた・ねぷた」「竿灯」「仙台七夕」を取り上げた論である。現在の盛大で華やかなこれらの祭りがこのように展開する根源に、「ヤマセ」が吹き付ける東北の寒冷な気候風土と冷害・飢饉の歴史を背景にして、死者の弔いと鎮魂、豊作祈願などの目的があることを論じている。 このように、本書の内容と論の方法をまとめてみるだけで、冒頭述べた方法論が本書において展開されていることが十分に伝わってくる。 現代における民俗は、流通や情報によって、地域差がなくなりつつある。しかし、祭礼と芸能にはまだまだ地域性や伝承性が息づいている。現代的な展開を見せるものの基盤にもそういうものがあるのであり、そうした歴史性・伝承を民俗学の方法で明らかにできる可能性ががまだまだあることを本書はよく示している。 民俗研究を志す若い人たちには、ぜひそのことを実感するために、本書を一読することを薦めたい。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |