近世関東の定期市と市町
渡邉英明著 


近世日本の農村部で、定期市は日常や非日常の物資を調達し、販売する拠点であった。定期市の健在な新潟県出身の著者が、平成大合併前後の地方史編纂事業に伴って進展した資料整理や公開に伴って渉猟した原史料を活用し、定期市の消長や農間稼の実体を細かく分析、景観や市町内部、争論に詳しく踏み込んで、武蔵国を中心に市町を腑分けする。久々の近世定期市・市町に関する基本書。




■本書の構成

序文…………野間晴雄

序論

第1部 市場網の成り立ちと変化

 Ⅰ.村明細帳を用いた近世武蔵国における市場網の分析
 Ⅱ.近世中後期における武州二郷半領の村々と平沼六斎市 ―村明細帳の分析を中心に―
 Ⅲ.近世関東における定期市の新設・再興とその実現過程 ―幕府政策の分析を中心に―
 Ⅳ.日記史料に現れる近世後期農村住人の定期市利用 ―武州多摩郡中藤村の指田藤詮を中心に―

第2部 市町における定期市の出店形態

 Ⅴ.近世関東における市場争論と絵図作成
 Ⅵ.近世在方町における絵図作成の特色 ―武州小川を事例として―
 Ⅶ. 近世の定期市における高見世の存在形態 ―19世紀初頭の武州小川を中心に―

 おわりに
 あとがき
 文献
 初出一覧





  渡邉英明(わたなべ ひであき)……1978年生 関西大学等非常勤講師 博士(文学)



ISBN978-4-7924-1531-0 C3025 (2024.10) A5判 上製本 260頁 本体7,500円

  
多眼的な近世関東の定期市・市町の考察
関西大学名誉教授 野間晴雄  
  


 近代交通機関が未発達な近世日本の農村部では、定期市が開催される市町(いちまち)が日常や非日常の物資を調達し販売する要の拠点として決定的に重要であった。本書は、この市町ネットワークを時空間的なシステムとして捉え、その存在形態や分布と変化の諸相を、史料の豊富な武蔵国西部の山麓から台地・平野を含む地域を対象に、多面的な分析をした歴史地理学書である。

 近世市町の個別事例は古くから知られ、今も定期市が広範に現存する新潟県などは戦前から研究蓄積もある。また各地の朝市は、二〇二四年元日の能登半島地震で大きな被害をうけた輪島に代表されるように、観光資源としても活用されている。この市町の日本での本格的研究は一九六〇年代に一気に開花した。その後はインド・バングラデシュや中国、朝鮮などアジアの事例は蓄積されたが、近世日本の定期市・市町の基礎的な分析は振わなくなり、市場網がいかに存立し変化したか、広域市場網がどのように管理されていたのかなどの課題を積み残したままになっていた。その理由を、筆者は近世地誌書に依存して分析した史料の制約に求めている。

 ところが一九八〇年代から二十一世紀初頭、平成大合併前後に、全国の自治体で本格的な地方史編纂事業がすすみ、史料整理と公開が大きく進展し、活用できる史料が飛躍的に増大した。これを奇貨として、筆者は自治体史の史料編のみならず、史料目録から原史料も渉猟し、市町分布の地域分析に安住せず、一つの市町の時系列的な動きや。市場争論絵図・地籍図なども利用して、市町の景観や市町内部市町間争論についても果敢に取り組んできた。

 とりわけ、村の概況を記すために近世村落史で前置き的に用いられてきた「村明細帳」の数値や事項を時系列かつ広域に博捜して一覧表にし、定期市の消長や農間稼(のうかんかせ)ぎの実体を詳しく分析していることは特記できる。その結果、十八~十九世紀に低位ランクの定期市が淘汰され、有力定期市に一元化する市場網再編が進行したこと、平野部と山間地とでは定期市の分布やその商業圏の広さが異なることを実証した。さらに市町の出店者であり、かつ商品の購買者でもあった商業的農民の行動を個人日誌から分析するなど、多眼的な市町の考察が本書の本領である。

 筆者は上越市直江津の出身で、定期市や豪雪地帯特有の雁木(がんぎ)通りへの関心から市町研究にのめり込み、新潟大学で修士課程まで、歴史地理学と近世史の二つのゼミで学際的な方法論を身につけた。博士後期課程は大阪大学大学院に進み、武蔵国の市町研究に邁進するようになった。その道程はけっして順風満帆ではなかったが、地道に地域の研究者との交流を重ね、現地図書館、公文書館、市史編さん室などに足繁く通って本書の完成に漕ぎ着けた。近世全体にわたる大きな変化、関東の内外での各国、幕領と私領といった地域的な違いの検討や、地理学でかつて隆盛であった中心地集落論を再考するなどの課題を本書は残しているが、久々の日本の定期市市町の消長に関する基本書であることは間違いない。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。