古代難波と難波津の研究
西本昌弘著 


古代難波と難波津に関する長い研究史を振り返った上で、古代史を中心に考古学・中世史などの研究成果も取り入れ、この地域に展開した離宮・王宮をはじめとして、港湾施設・官衙・駅家・寺院・神社などの所在地とその性格について検討を加える。主として五世紀から一一世紀までを対象として、新たな視点から難波地域の歴史的変遷を考え直す。




■本書の構成



第一部 古代難波津の探求

第一章 古代難波津の位置をめぐる研究史
  はじめに
  一 江戸時代の研究
  二 明治・大正・戦前期の研究
  三 昭和戦後期の研究
  おわりに

第二章 難波江口考
  はじめに
  一 難波江口をめぐって
  二 難波海上における外国使船の迎接儀礼
  三 長江河口の江口と遣唐使船
  おわりに

第三章 難波津高麗橋説批判
  はじめに
  一 難波津高麗橋説の論拠とその問題点
  二 高麗陣と高麗町・高麗橋・高麗門
  おわりに

第四章 古代難波津の歴史的変遷 ―難波御津(大津)から難波三津(御津)へ―
  はじめに
  一 難波堀江周辺説とその論拠
  二 三津寺町付近説の論拠
  三 古地理復原からみた難波津の変遷
  おわりに

第二部 古代難波地域の王宮と官衙

第一章 大化前代難波研究の現在地 ―高津宮・堀江・難波津・大郡・客館―
  はじめに
  一 高津宮と堀江・難波津
  二 法円坂倉庫群と高津宮の大倉
  三 大郡と客館
  おわりに

第二章 難波屯倉と難波大郡
  はじめに
  一 難波屯倉の研究史とその問題点
  二 法円坂倉庫群と難波宮下層遺跡の評価
  三 外来土器の出土地からみた大郡
  四 生国魂神社の所在地と西成・東生両郡の郡界
  おわりに

第三章 改新政府と難波大郡宮・小郡宮
  はじめに
  一 改新政府と難波大郡宮
  二 難波小郡の位置と西成・東生両郡の郡界
  おわりに

第四章 蝦蟇行宮・高津・難波市
  はじめに
  一 蝦蟇=河津(堀江沿岸の停泊地)説
  二 高津と蝦蟇行宮
  三 蝦蟇・高津と難波市
  四 『万葉集』の河津・川津と河鹿ガエル
  おわりに

第三部 奈良・平安時代の難波地域

第一章 摂津国西成郡津守村の行基寺院
  はじめに
  一 津守村の善源院と都島区の善源寺町
  二 津守村の難波度院・枚松院・作蓋部院
  おわりに

第二章 平安時代の難波津と難波宮
  はじめに
  一 難波津衰退論の問題点
  二 平安時代の難波と難波津
  三 平安時代の難波宮と安曇付近の大江殿
  おわりに

第三章 堀江北岸の難波渡(渡辺)と駅家・楼岸
  はじめに
  一 堀江北岸の難波渡(渡辺)と寺院・駅家
  二 楼岸は堀江の南岸か北岸か
  三 水陸併用の駅家と駅楼
  おわりに

 補論 堀江沿岸の東大寺家地について

第四部 古代難波の周辺地域

第一章 行基設置の楊津院と河尻
  はじめに
  一 『行基年譜』にみえる楊津院とその位置
  二 楊津庄・柳津河尻庄と楊津院
  三 行基が建置した五泊の河尻と楊津院
  おわりに

第二章 菟原・雄伴・八部三郡考
  はじめに
  一 雄伴郡と八部郡
  二 荒田郡と雄伴郡・菟原郡
  おわりに

第三章 「崐陽寺鐘銘」の基礎的検討
  はじめに
  一 泊園文庫本『碑銘集』所収「崐陽寺鐘銘」の紹介
  二 「崐陽寺鐘銘」の史料的性格と信憑性
  三 崐陽施院における惸独田の開発
  おわりに




  西本昌弘(にしもと まさひろ)…………1955年大阪府生まれ 宮内庁書陵部主任研究員、関西大学文学部教授を経て、現在、関西大学名誉教授 博士(文学)


ISBN978-4-7924-1544-0 C3021 (2026.3) A5判 上製本 366頁 本体9,500円

 本書は古代難波と難波津に関する長い研究史を振り返った上で、古代史を中心に考古学・中世史などの研究成果も取り入れ、この地域に展開した離宮・王宮をはじめとして、港湾施設・官衙・駅家・寺院・神社などの所在地とその性格について検討を加え、主として五世紀から一一世紀までを対象として、新たな視点から難波地域の歴史的変遷を考え直したものである。

 本書に収録した論考の概要を、各部ごとにまとめると、以下のようになる。

 第一部は、古代難波津の所在地を探索したものである。五・六世紀の難波津は渡辺津(天神橋付近)にあったが、七世紀中葉には難波津は三津寺町付近に移動したと結論づけた。

 第二部は、古代難波の地域的拠点は難波宮・渡辺津周辺と四天王寺周辺に限定して考えられてきたが、難波津を擁する国家的港津として重視された難波地域には上記の三ヵ所以外にも拠点があり、砂州の堆積が進んだ八世紀にはさらに多くの地域的拠点が形成されて発展していたことを論じた。

 第三部は、奈良・平安時代における難波地域の様相を、寺院・駅家・離宮などの設置と展開を通して分析したものである。平安時代以降、難波地域が衰退したという従来の定説に異論を唱え、文献史料と考古資料の双方から、この地域は平安時代にも前代以上に活用され発展していたとみるべきことを説いた。

 第四部は、古代難波の周辺地域にあたる兵庫県下の西摂地域を取り上げ、行基寺院の楊津院や昆陽寺について検討するとともに、菟原郡の変遷について考察を加えた。また、「昆陽寺鐘銘」の新たな史料テキストを紹介し、基礎的な分析を行った。

 古代難波や難波津の諸問題について考察した本書は、以上のような難波地域の歴史的変遷をおおまかにトレースしたものとなった。難波地域には古代に限ってもさまざまな拠点と役割があり、それは時代とともに変化していったのである。

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 まだ小学生の頃であったが、阿倍野橋への病院通いの帰途、祖母に連れられて上本町六丁目や馬場町に寄り道した日々が思い起こされる。一九六〇年代のことで、まだ市電やトロリーバスが走っていた時代である。上町台地の稜線上を走る車窓から眺めた大阪市内の風景は今でも鮮明に目に焼き付いている。生まれ故郷でもあり、長年慣れ親しんできた大阪を主題に一書をまとめることができたのは大きな喜びである。

 (本書「序」「あとがき」より抜粋)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。