■近世南三陸の海村社会と海商 | |||||
斎藤善之・高橋美貴 編 | |||||
近世の南三陸の海村には、いくつもの大規模イエ経営体が存在した。その発生・継続の背景を自然環境・資源・地域権力など多方面から追究し、近世社会のなかで南三陸社会が果たした歴史的役割を総合的に明らかにする。 ■本書の構成 第一章 仙台藩における御林の存在形態と請負 ―北上川河口〜追波湾沿岸地域を事例として― …高橋美貴 第二章 領主「権威」の形成と地域秩序 ―藩主出郷と領内支配― …泉 正人 第三章 仙台藩の国元魚・鳥類産物の調達システム ―御日肴所・御肴方を事例に― …籠橋俊光 第四章 東廻り航路における城米輸送体制と沿岸地域社会 …井上拓巳 第五章 北上川の川船と流域社会 ―下流追波湾岸地域を事例として― …鎌谷かおる 第六章 南三陸沿岸地域における大規模「海商」経営の存在意義 ―永沼家「貸方并年賦当座金調帳」の分析をとおして― …斎藤善之 第七章 海の「郷士」と地域社会 ―仙台領桃生郡名振浜・永沼丈作の軌跡― …佐藤大介 第八章 ロシア漂流船若宮丸と船主米沢屋 …平川 新 編者の関連書籍 高橋美貴著 近世漁業社会史の研究 斎藤善之・菊池勇夫編 交流と環境(講座 東北の歴史 第四巻) 本書の関連書籍 籠橋俊光著 近世藩領の地域社会と行政 平川 新編 江戸時代の政治と地域社会 全2巻 |
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ISBN978-4-7924-0702-5 C3021 (2010.5) A5判 上製本 350頁 本体7600円 | |||||
南三陸の大規模イエ経営体(海商)の実像を解明 | |||||
宮城学院女子大学教授 菊池勇夫 |
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南三陸の海村には綾里(大船渡市)の千田家、唐桑(気仙沼市)の鈴木家、そして本書が取り上げた名振浜(旧雄勝町、石巻市)の永沼家のような海商=大規模なイエ経営体が存在した。彼等は全国市場と結びつきながら積極的な経済活動を行ない、近世・近代移行期の地域社会を牽引した。 これらの旧家には近世から近代にかけての厖大な経営に関する文書群が残されている。編者らはその整理と研究を地道に着々と進めてきた。本書はいわばそのような共同作業のなかから生まれた研究成果であり、従来の実証レベルを遙かに凌駕するものとして、大規模イエ経営体や海村社会の実像の解明がめざされている。 圧巻は、永沼家の資金貸付帳簿を子細に分析し、数千両という資金を地域社会に投下していた資金運用の実態解明によって、漁業・林業・農業・海運業・金融業・商業に及ぶ多角的な経営のすがたを浮かび上がらせたことであろう。このような経営体の存在態様は海村社会を海のみで語ることを許さない。その点で、海と山を一体的な生業世界として捉え、三陸沿岸における御林請負の展開を扱った論考を冒頭に置いているのは肯ける。 本書の意義はそれにとどまらない。永沼家のもう一つの政治的な顔が具体的に示された。永沼家は肝入(村政)、御判肝入(流通統制)、赤子養育仕法の制道役を務め、献金・役によって士分への身分上昇を果たし、火器使用による捕鯨の献策や大砲献上の出願を行ない、仙台藩の海防の一翼を担おうとさえした。海の「郷士」とはそうした側面を的確に言い当てている。永沼家は士・凡両家を持つに至るが、経済と政治の両面において地域社会に拠って立とうとするイエの戦略が働いていた。その実現のためには領主への役負担を厭わない。藩主出郷のさい、自ら進んでその宿所御用を勤めようとし、領主的権威と直接つながろうとする役の意識があぶりだされている。これは三陸の大規模イエ経営体の共通した志向性でもあるのだろう。 本書には永沼家に直接関わらない論考もいくつか含まれている。ロシア漂流船若宮丸の船主であった米沢屋平之丞の経済活動や、北上川下流地域の川船のリサイクル、幕府直営方式による城米運送の実態、贈答・饗応などの領主的需要に使う魚・鳥類の調達システム、といったテーマである。それぞれの手堅い考察が、海村社会と海商の実態解明に厚みを加えている。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |