近世伊勢神宮領の触穢観念と被差別民
塚本 明 著


近世伊勢神宮領社会の特質を、触穢観念を手掛かりに、被差別民の存在形態に着目して検討する。



■本書の構成


序章
――問題の所在

  第一部 触穢とその忌避
一章 死穢の判定
    
はじめに/一 市中触穢令について/二 触穢忌避の作法/三 触穢の判定/おわりに
二章 速懸
――近世神宮領における葬送儀礼
    
はじめに/一 死穢の規定と速懸/二 葬送儀礼の実態/三 速懸を担う人々/おわりに
三章 犬狩
――動物の穢れと生類憐れみ
    
はじめに/一 動物忌避の規定と方法/二 犬狩の類型と体制/三 生類憐れみと犬狩/おわりに
四章 仏教の受容と忌避
    
はじめに/一 仏教禁忌規定と近世前期の状況/二 神仏共存の論理と背景/三 幕末・維新期の「神仏分離」/おわりに

  第二部 神宮領と被差別民
五章 被差別民の参宮とその影響
    
はじめに/一 被差別民の伊勢参宮/二 被差別民との「同火」事件/三 神宮の禁忌規定の特質/おわりに
六章 拝田・牛谷の民
――近世宇治・山田の非人集団
    
はじめに/一 拝田・牛谷の経済基盤と組織統制/二 拝田・牛谷の役負担/三 社会的差別の実態/おわりに
七章 内宮周辺農村の被差別民
    
はじめに/一 出自由緒と住民構成/二 役務と機能/三 生業形態/おわりに
八章 神宮直轄領の被差別民
    
はじめに/一 成立と役割/二 役負担と身分特質/三 被差別民の年貢米/おわりに

  第三部 統治と触穢
九章 朝廷の「触穢令」と神宮領
    
はじめに/一 問題の所在/二 京都の「触穢令」/三 「触穢令」の伊勢神宮への伝達/四 朝廷の触穢観と伊勢神宮の触穢観/おわりに
十章 神宮領の鳴物停止令
    
はじめに/一 神宮領における鳴物停止令の概要/二 条文整備過程/三 周辺藩領との関係/おわりに
十一章 幕末異国人情報と伊勢神宮
    
はじめに/一 異国人の神宮領立ち入り問題/二 異国人情報の様相/三 維新後の異国人問題/おわりに

終章

◎附編 『神宮編年記』触穢関係記事一覧


  ◎塚本 明(つかもと あきら)……1960年愛知県生まれ 京都大学大学院文学研究科博士課程修了 現在 三重大学人文学部教授



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ISBN978-4-7924-1007-0 C3021 (2014.3) A5判 上製本 430頁 本体9,500円
刊行にあたって
塚本 明
 近世伊勢神宮門前町の宇治・山田は、当時の社会のなかで極めて特異な地域であった。そこは諸国から参宮客が訪れる旅文化の中心地であり、遠国奉行の山田奉行が統治しつつも中世来の強固な自治組織が存在し、儀礼面では朝廷とも結び付き、周辺農村を含めて検地の竿が入らず、年貢が賦課されなかった。そして、大半が武家領であった時代において、伊勢神宮という神社を領主に仰ぐ地であった。
 神社領は、死穢を中核とする穢れを徹底して忌避し、清浄さを求める点に特徴があるが、当然にこの地でも死は日常的に発生する。また神宮領内には、様々な形態の被差別民が暮らし、特有の生業を営んでいた。神宮領で発達した触穢についての観念と、その社会的実態とは、いかなる関係にあったのであろうか。
 本書は、この地域の神社領としての特質を、触穢観念を手掛かりに、被差別民の存在形態にも着目しつつ検討するものである。
 第一部では、神宮領において触穢観念がどのように認識・解釈され、実際にどう機能していたのかを検討する。まず、死の穢れを避けにくい災害発生時などを事例に、神宮世界では死をどのように扱い、誰が、何をもって「死」と判定したのかを論じる。次に、死穢を忌避するために生み出された「速懸」という葬送儀礼、また動物の穢れを避ける目的で遷宮前に行われた「犬狩」について検討し、さらに、当地における神と仏との関係とその変遷を整理する。
 第二部では、神宮領に関わる被差別民を取り上げる。最初に伊勢へ訪れる外来者としての被差別民の実態と影響を見、次に宇治・山田に居住する非人集団について、その生業と芸能・宗教者的性質を検討する。また、多気郡にある神宮直轄領及び宇治・山田周辺農村に居住する被差別民の存在形態について、周辺他領の被差別身分集団との関係を含めて分析する。穢多身分の者が納めた年貢米の行方も、論点の一つである。
 第三部では、幕府及び朝廷との関係を考察する。神宮は当初、触穢に関する朝廷からの指示に抵抗しており、また幕府の服忌観念を共有した訳でもなかった。神宮領の触穢観念が外部勢力によって受けた影響とその時期的変化を見ることにより、朝幕関係における神宮の位置付けを図る。最後に、日本古来の神社世界は、幕末期に異国人の接近という状況に直面する。異国人は僧侶、被差別民と共に三者一体として扱われ、彼らを忌避する意識も強まっていくが、明治維新後にそれは根本的に覆された。この過程の分析により、近代への転換を見通す。
 江戸時代の宗教史、交通史、被差別民の研究、朝幕関係史などの領域と内容的には関わるが、必ずしもそうした研究分析に即して論じている訳ではない。当時の社会のなかで特異な様相を示した一地域史を描くことを目指した。意図するところをお酌み取り頂ければ幸いである。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。