桑名町人風聞記録T〈豊秋雑筆〉
清文堂史料叢書第130刊
桑名町人風聞記録刊行会 編





近世後期から半世紀近く書き継がれた、桑名町人・角屋吉兵衛の残した風聞記録『豊秋雑筆』を、『桑名町人風聞記録』Tとして、天保五年から文久二年までを翻刻・校訂し刊行する。幕末日本社会の世相や情報伝達などについての分析を大きく前進させる。


■本書の内容
巻一 天保五年〜九年
町合川流之事/御所替飛脚来る事/走井山庫裏焼失之事/大男根之事/野馬台詩之事/遊女三人之事/大坂大変之事/本居宣長之事/吉野下の渡しの事/靱負切腹之図之事  ほか

巻二 天保十年〜天保十三年
徳本上人と遊女之事/越後七夕祭り之事/柳沢保之我を訪事/走井山之事/近松門左衛門之事/蜃気楼之事/盗人と切合変死いろいろ事/尾張様水戸様へ御上使之事/壱朱銀停止之事善光寺開帳/琉球人来る両頭蛇之事 ほか

巻三 天保十四年〜弘化三年
旅人自殺之事/犬追ものゝ図之事/清女墓之事/海中あがるけだ物事/さとの落書之事/紀藩中自殺之事/江戸大火之事/仁孝天皇御崩御之事/黒船渡来之事/姫宮様御下向之事 ほか

巻三下 弘化二年(異国船入津記・漂流記)
弘化弐乙巳三月十一日異国船入津記 武州忍藩中之日記写/宝暦年中志州鳥羽漂流記 布施田村船頭小平治乗/天明弐壬寅年勢州若松漂流記 船頭大黒屋幸太夫

巻四 弘化四年〜嘉永三年
かたき討江戸にて之事/善光寺地震之事/梅此ス園波年之事/常信寺にて開帳之事/蟹江の水死之事/角力御上覧之事/奥飯坂嫁入之事/狐をころせし事/津えんしよう変之事/尾張御殿堂祭変之事 ほか

巻五 嘉永四年〜安政二年
唐土年号改元之事/画師月樵花押之事/光り物飛行之事/東方村銭堀し事/地震之事/津島の阿弥陀下向之事/川原町老婆切害之事/御所焼失之事/阿蘭陀より大坂
来状之事/九州路旅日記之事  ほか

巻六 嘉永六年(浦賀入津北亜美理駕船一件)
嘉永六年癸丑六月三日 相州浦賀入津北亜美理駕大合衆国船之一件/弐度目渡来 嘉永七年甲寅正月十四日辰上刻 浦賀入津異船一件并条約書

巻七 安政三年〜安政七年
出雲大社御宝物之事/忍藩矢場開之事/自詠狂歌之事/京にて珍事之事/変星あらはるゝ事/急病流行之事/親鸞聖人真筆之写事/珍敷月の出之事/井伊家一件之事/珍敷蟹之図之事 ほか

巻八 万延二年
太田道醇建白書之事/桜田一件ニ付御尋之事/角の生せし人之事/平田篤胤再生記文之事/高輪一件并姓名之事/光り物度々の事 ほか

巻九 文久元年
水府公告志篇/水府公勅諚御返納難易論/桜田後相済御届ケ書/公私爪録抜書/袖野山浄土寺地考

巻十 文久二年
長州侯御届ケ書之事/和宮様御下向之事/沖阿者梨之事/遊女勝山自殺之事/風聞書之事/尾張様一橋様越前様御免之事/長州侯御上京之事/流星飛行之事/薩州侯御通行之事/彦根臣自殺之事  ほか



  ◎桑名町人風聞記録刊行会……塚本明(代表) 石原佳樹 上野周子 川口愛 澤山孝子 鈴木えりも 長縄智美 藤谷彰 山本梨加



 編者の関連書籍
 塚本 明著 近世伊勢神宮領の触穢観念と被差別民

 本書の関連書籍
 藤谷 彰著 近世家臣団と知行制の研究



ISBN978-4-7924-0981-4 C3321 (2013.2) A5判 上製本 540頁 本体13,000円
刊行にあたって
三重大学人文学部教授 塚本 明
 本書は、近世後期から半世紀近く書き継がれた、桑名町人の風聞記録『豊秋雑筆』を、『桑名町人風聞記録』Tとして、天保五年から文久二年までを翻刻・校訂し、刊行するものである。著者は桑名城下の福江町に住んだ町人、角屋吉兵衛で、天保五年から明治十一年まで四十五年間、彼が三十八歳から八十二歳までの長期にわたって書き続けた。全部で二十六巻三十一冊、幕末までの十八冊分でも約千六百丁にのぼる大部の記録である。本巻はこのうち十巻十一冊分にあたる。
 身辺雑事や桑名城下町での出来事、実際に見聞した事件や災害について記すのはもちろんであるが、特筆すべきは、彼が伝聞、瓦版、諸書物など様々な媒体を通して入手した、ありとあらゆる情報を、極めて精力的に書き留めていることである。その関心は幅広く、江戸や京都の政治状況、幕末に向かう時期の経済や社会の変化、考古遺物や文芸、そして荒唐無稽な噂話までが含まれる。また、実際に見た文物や場面、入手した図などを元にした、彩色の挿絵も多く描かれており、文字だけでなく、得られた情報の総体を極力記録しようとしていたことがわかる。毎日書き継ぐ日記形式ではなく、記録すべき事柄が生じた時に書き留めたものを下書にして、明治九年頃に浄書したようである。そのため情報も質量ともに凝縮されている。桑名や三重県北部の歴史を描く上での必須史料になることはもちろん、幕末日本社会の世相や情報伝達、当時の庶民生活、感覚などについての分析を、大きく前進させる材料になると考えている。
 本史料は現在、桑名城本丸跡に鎮座する鎮国守国神社が収蔵している。桑名藩初代藩主の松平定綱と松平定信を祀る神社で、桑名藩、松平家に因む文化財が多数伝わっている。蔵書印等から推し量るに、明治以降のある時期に筆者の家から離れて旧桑名藩士・岩尾惇忠の家に入り、岩尾家から桑名藩主ゆかりの同神社に奉納されたものと思われる。
 なお、次巻は明治四年までを収載する予定であるが、あわせて内容の解説と索引を付したいと考えている。多くの研究者に参照していただけるよう、さらなる準備をすすめている。
幕末維新期の情報の宝庫 桑名町人の見聞記録
天理大学文学部教授 谷山正道
 このたび、清文堂出版より『桑名町人風聞記録』が刊行されることになった。編集にあたられたのは、三重大学の塚本明氏をはじめとする「桑名町人風聞記録刊行会」のメンバーである。その前身となる「豊秋雑筆を読む会」が結成されたのは二〇〇一年のことで、それ以降十余年にもわたる共同作業を経て、厖大な本記録(まずその「T」)が翻刻・公刊されるはこびとなったことに、心より敬意を表したい。
 『豊秋雑筆』の名で、かねてよりその存在が知られていた本記録(原表紙には『見聞雑筆』とある)は、桑名城下福江町の住人であった角屋(稲川)吉兵衛が、天保五年(一八三四)から明治十一年(一八七八)にかけて、見聞した出来事を連綿と書き残したもので、全二六巻三一冊からなる厖大な記録である。周知のように、桑名は東海道の宿駅で、「七里の渡し」(海上路)で宮宿と結ばれた伊勢参宮の玄関口でもあり、多くの人々が行き交う場であった。そうした立地と筆者の関心の広さを反映して、本記録の記載内容は、地元桑名や周辺地域に止まらず、江戸や京都をはじめ全国各地で起きた出来事にも及んでいる。また、政治・外交・社会・経済・交通・文化・宗教など、幅広い分野にわたっている。このように、近世近代移行期(激動期)の様々な情報が満載されている本記録は、『幕末維新大阪町人記録』『幕末維新京都町人日記』、『近江商人 幕末・維新見聞録』など、当該期の同種の既刊史料と比較しても、勝るとも劣らない内容であり、本記録を活用した各分野での研究の進展が大いに期待される。
 本記録のうち、このたび最初に翻刻・刊行されるのは、天保五年(一八三四)から文久二年(一八六二)までの計一〇巻一一冊分である。幕末に向けて内憂外患が深まっていく時期にあたる。この間に起きた重大な出来事については、関係史料が丁寧に書き写されており、異国船の来航や大地震などについては、「別記」も作成されている。その一冊にあたる、嘉永六年(一八五三)のペリー来航に関する記録(巻六)は、特に詳細を極めており、圧巻である。本記録の特長と言えるのは、随所にすぐれた出来栄えの挿絵が添えられていることであり、伝聞した話や書写した史料について、「和州金漁売にきく相違なき話也」「右之書付竹内氏より一見して記す」といった記述が見られることである。今後、こうした情報伝達に関する分析も含めて、本記録が広く活用されることを、心より念願するものである。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。