軍港都市史研究V 呉編
河西英通編


近世の寒村から、近代の拠点へ。瀬戸内海に面した呉の多様な変化から軍港都市史を照射する。


■第V巻 呉編の構成

序 章 呉と軍港……河西英通
第一章 呉軍港の創設と近世呉の消滅……中山富広
第二章 鎮守府設置と資産家の形成……坂根嘉弘
  コラム 海軍と缶詰工場 ―呉・高須缶詰合資会社を中心に― ……坂根嘉弘
第三章 在来製鉄業と呉海軍工廠
 ―田部家文書の分析を中心に― ……平下義記
  コラム 日露戦争期における田部家の情報戦略……平下義記
第四章 呉海軍鎮守府と地域の医療・衛生……布川 弘
  コラム 初代の呉海軍病院長 豊住秀堅……布川 弘
第五章 米の記憶と宅地化
 ―海軍呉鎮守府水道布設、並びに呉市水道布設に伴う旱害補償交渉に着目して― ……砂本文彦
  コラム 軍港都市を「泳ぐ」……砂本文彦
第六章 
大正七年 呉の米騒動と海軍
 ―呉鎮守府の米騒動鎮圧― ……齋藤義朗
  コラム 軍港呉と進水式 ―昭和戦前期の臨時イベント― ……齋藤義朗
第七章 軍港と漁業 ―漁業廃滅救済問題をめぐって― ……河西英通
  コラム 「国防と産業大博覧会」の頃……河西英通
第八章 戦時期、呉周辺地域における海面利用……落合 功
第九章 呉市における戦後復興と旧軍港市転換法……林 美和



 ◎
おしらせ
 『日本歴史』805号(2015年6月号)に書評が掲載されました。 評者 千田武志氏




ISBN978-4-7924-1008-7 C3321  (2014.4) A5判 上製本 368頁 本体7,800円

  多様な切り口と時系列的奥行きをクロスさせた新しい軍都・軍港史研究


国立歴史民俗博物館教授  荒川章二
 本書で三冊目となる軍港都市史研究シリーズは、従来、陸軍を中心としてきた「軍隊と地域社会」研究を、「海軍軍港と地域社会」研究にまで広げる新たな研究的地平を切り開いてきた。シリーズ第一巻『舞鶴編』の総論で、編者の坂根嘉弘氏が端的に指摘しているように、陸軍軍都・軍郷と海軍軍港とのもっとも大きな相違点は、陸軍の師団司令部に相当する海軍鎮守府だけでなく、巨大な海軍工廠が一体的に併設され、軍港地域に、陸軍軍都をはるかに上回る巨大な地域経済の変動(人と物の流入)が集中的に生じたことである。

 しかも、鎮守府が最初に開庁した横須賀はようやく幕末に造船業が勃興した新興産業都市であり、呉や佐世保に至っては、どこにでもある農漁村であった。それゆえに、近世的軍事拠点(そして行政都市)である城下町、あるいは宿場町から、近代的軍事都市に転換した多くの陸軍軍都と異なり、地域社会には与えた影響ははるかに大きく、かつ深刻であり、それだけに軍港都市研究は、陸軍軍事都市と地域社会の関係のありようとは質の異なる、軍事都市と地域関係史の諸問題を考察できうる非常に魅力的なフィールドとなっている。

 本シリーズは、前記『舞鶴編』、そして、軍事史研究としては極めてユニークな地理学グループの集団業績としての、軍港都市の過去〜現在に至る景観や意識、特異な空間形成に視座を置いた『景観編』を世に問うているが、ここに第三冊目の『呉編』が刊行の運びとなった。

 呉軍港史、呉の近代地域史に関しては、既に、自治体史である『呉市史』記述編が刊行されており、通常の自治体史であれば1〜2巻の近代通史編としてまとめられるところが、呉の場合、近代記述編だけでも第4〜8巻と5冊にわたる重厚な企画となっており、近代地域社会・生活を取り巻く極めて多様な領域・分野に広く目配りしつつ、手堅く、かつ詳細な通史を展開している。

 この先行業績に対し、河西英通氏を編者とする『呉編』がどう切り込むのか、非常に楽しみだが、呉編の視点は、あえて「海軍」以外のキーワードに置き、軍港都市における「直接的な海軍史」ではない切り口から、軍港都市の歴史的性格を浮き彫りする野心的な構成となっている。具体的には、近世的社会構造からの軍港都市への転換、企業や企業家の成長・在来技術と経営が海軍需要にどう対応したのか、近世以来の地域医療衛生対策に海軍軍港化がどのような影響を与えたか、水道敷設が旧来の灌漑用水システムを壊し、農村的景観から住宅地へ転換していく経緯、水兵の出動で注目された米騒動、漁業廃滅補償や海面利用などが取り上げられているのだが、いずれの論考も、軍港以前の近世以来の呉の社会、システムが、軍港の形成によって、どう変わったのかを押さえた上で展開されているようだ。現在まで、軍事化に深く組込まれ続けている呉のような地域社会が、脱軍事化に向けて離脱できる可能性を模索しようという知的試みとしても、本書の刊行を期待したい。





 
 
◎中国新聞に編者・河西英通氏のインタビューが掲載されました(2014年7月9日)
   
集団的自衛権と呉 「脱軍港」先人は模索した



■軍港都市史研究 全巻構成


第T巻 増補版 舞鶴編〈坂根嘉弘編〉
本編では、舞鶴鎮守府設置により大きく変貌した舞鶴の政治・経済や社会を、地域の視点から解明するとともに、引揚者を受け入れた地域社会の諸相を読み解き、海上自衛隊と戦後舞鶴とのかかわりを究明する。補論などを収録した増補版。

第U巻 景観編〈上杉和央編〉
本編では、地図や空中写真、統計資料を駆使しつつ、軍港都市(横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊)の景観変遷をたどると同時に、近代から現代におよぶ軍港都市の空間的な諸様相、軍港都市の景観の行方に焦点をあてる。

第W巻 横須賀編〈上山和雄編〉
日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった横須賀市、すなわち軍港都市研究の「本丸」に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究。

第X巻 佐世保編〈北澤 満編〉
近代都市としての佐世保は、他の軍港都市と異なり、長崎県北部や離島に対する中心都市として発展したという特徴がある。敗戦後の佐世保は、中国からの復員船が到着する港でもあり、その復興が大きな課題となった。平和港湾産業都市構想が、朝鮮戦争や海上特別警備隊の設置などの社会情勢に押されて、しだいに軍港論に変化していく様子をも解き明かす。

第Y巻 要港部編〈坂根嘉弘編〉
まず要港や要港部の変遷と事例を説明し、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公が扱われる。もう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色が描かれていることである。

第Z巻 国内・海外軍港編〈大豆生田稔編〉
本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられる。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるフランス軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。



 
◎おしらせ◎
 『経営史学』第53巻第4号(2019年3月号)に書評論文が掲載されました。
 「国家と都市のあいだの不健全な緊張関係 ―『軍港都市史研究』T〜Z―」……稲吉 晃氏


  大阪歴史科学協議会『歴史科学』237(2019年5月)に特集記事が掲載されました。
 〈2018年7月例会 近代都市史・地域史と軍港研究の到達点と課題 ―『シリーズ軍港都市史研究』から考える―〉
 「シリーズ軍港都市史研究を編集して ―成果と課題―」……坂根嘉弘氏
 「シリーズ軍港都市史研究の到達点とその意義をめぐって ―坂根嘉弘氏の論文に関する若干のコメント―」……北泊謙太郎氏
 「討論要旨」……久野 洋氏


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。