軍港都市史研究W 横須賀編
上山和雄編


「海軍軍港と地域社会」の関係性に関する歴史研究の水準を画期的に引き上げた『軍港都市史研究』シリーズの第五冊目。日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった横須賀市、すなわち軍港都市研究の「本丸」に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究。


■第W巻 横須賀編の構成

序章 軍港都市横須賀の成り立ち…………上山和雄

  はじめに/海軍施設の建設/横須賀の都市的発展/おわりに

  コラム 関東大震災と横須賀の「三笠」…………高村聰史

第一章 軍港都市横須賀の財政 ―一九〇七〜一九三六年― …………大豆生田稔
  はじめに/市制施行から第一次大戦期 ―一九〇七〜二二年―/震災と恐慌 ―一九二三〜三六年―/おわりに

  コラム 家屋税増徴をめぐる借家人と家主…………大豆生田稔

第二章 軍港都市の市政構造 ―横須賀市長銓衡過程を通して― …………大西比呂志
  はじめに/軍港都市の市政/市政と海軍/大軍港都市の建設/おわりに

  コラム 子どもたちの横須賀軍港見学…………齋藤義朗

第三章 海軍助成金の成立とその展開 ―横須賀市を中心に― …………吉良芳恵
  はじめに/海軍助成金の成立と軍港都市の対応/日中戦争期の海軍助成金増額運動と多様な財政対応/太平洋戦争期の海軍助成金と国庫補助/おわりに

  コラム 横須賀の料亭「小松」…………高村聰史

第四章 横須賀海軍の人的構成…………鈴木淳
  はじめに/軍港の構成員/横須賀軍港の成立/横須賀鎮守府の設置と他鎮守府設置の影響/海軍拡張のなかでの横須賀/軍縮から昭和戦時期へ/おわりに

  コラム 横須賀の陸軍部隊…………鈴木淳

第五章 海軍航空の〈メッカ〉としての横須賀 ―横須賀海軍航空隊と海軍航空廠― …………栗田尚弥
  はじめに ―航空機の発達と横須賀―/海軍航空術研究委員会 ―海軍独自の航空機研究を目指して―/横須賀海軍航空隊 ―最古の海軍航空隊―/海軍航空廠 ―海軍航空技術開発の司令塔―/おわりに ―空都化と横須賀市域の拡大―

  コラム 桜花 ―空技廠で設計・開発された日本最初の有人ロケット― …………栗田尚弥

第六章 占領軍への労務提供と米海軍艦船修理廠(SRF)の創設 ―横須賀海軍工廠の解体と旧工廠技術者の行方― …………高村聰史
  はじめに/横須賀海軍工廠の解体 ―残務整理と労務提供―/労務提供から正規雇用へ/SRFの誕生と旧海軍工廠技術者/おわりに

  コラム 米海軍艦船修理廠(SRF)の閉鎖騒動…………高村聰史

第七章 大海軍の策源地から平和産業港湾都市へ…………上山和雄
  はじめに/戦時下軍港都市の基盤整備/旧軍施設の転用と更生計画の策定/旧軍港市転換法の成立/軍転から総合開発計画へ/おわりに

  コラム 原子力研究所の武山誘致…………上山和雄




  本書の関連書籍
  大豆生田稔編 港町浦賀の幕末・近代



ISBN978-4-7924-1050-6 C3321  (2017.1) A5判 上製本 396頁 本体8,500円

  軍港社会史と自治体史編さんの到達点の融合


国立歴史民俗博物館教授  荒川章二

 本書は、「海軍軍港と地域社会」の関係性に関する歴史研究の水準を画期的に引き上げた『軍港都市史研究』シリーズの第五冊目の成果である。本シリーズではこれまで、『舞鶴編』、地理学的アプローチとしての『景観編』、『呉編』、『要港部編』と刺激に満ちた成果を世に問うて来たが、この『横須賀編』では、日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった同市、すなわち軍港都市研究の“本丸”に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究である。

 海軍の軍港都市としての横須賀市は、アジア・太平洋戦争開戦時の一九四一年一二月末、海軍人口が約二七万人、市内人口の七七パーセントにも達し、面積では、終戦時の総面積に対し軍用地が約五分の一にも及んだ巨大な軍事都市であった。しかし、それ故に敗戦と海軍解体の影響は甚大で、敗戦時の人口は二〇万人にまで激減し、他方で、旧軍用地の三分の一が占領軍に接収されかつ再軍備にも影響される、という条件のなかで戦後の再生を図らねばならなかった。

 では、この戦前戦後にわたる、海軍軍都=軍港都市の形成過程から戦後の平和産業都市への志向とそれへの軍事的制約という長期的な問題群に本書はどのようにアプローチをしたのか。手短に内容を紹介すると、第一章と第三章では、財政動向と基地交付金の前身ともいえる海軍助成金という角度から、財政に関しては、一九〇七年から三六年までの財政構造の変化と各時期の特色を、助成金については、第一次大戦後の助成制度成立期から敗戦までを長期的に追究し、横須賀という軍港都市の財政的特質、そしてそこに止まらない経済的、あるいは特殊な政治性を持たざるを得ない特色を浮かび上がらせている。それは、第二章で分析される、横須賀市長選定を通じた海軍の深い影、その根深さ、時には直接的関与が行われるという政治的特性として立体化されて見えてくる。また、第五章の横須賀海軍航空への注目は、海軍内部の戦略展開、すなわち航空主兵論の登場が、横須賀の「海軍都市史」としてどのように顕現するのかという、“空の軍都”としての変容と地域に対する海軍の新たな影響のありようについて目を開かせてくれる。さらに戦前史の分析では、横須賀海軍の人的構成を長期的かつ綿密に追跡した第四章は、軍港都市と一括される都市の性格の時期的変化を、客観的数値として展開して見せている。

 戦後への目配りでは、海軍工廠の解体と占領軍への労務の提供、旧工廠技術者の行方という視点を接合させて軍港社会史の一面を示しつつ、安保条約の街への社会経済史的形成過程をえぐっている。

 そして以上の執筆者各人が長期的なスパンで取り組んだ各論に対し、編者の上山和雄氏は、幕末から明治前期までの主要な歴史的過程とその特色を的確に押さえた概説的序章と第七章(終章)での戦時から戦後への展開過程について叙述し、本書が取り上げる軍港都市横須賀という対象を通史的な流れとしても理解しやすくする構成をつくり上げている。

 本書の執筆陣は、そのほとんどが『新横須賀市史』の編集、執筆に長く関わって来た研究者である。質の高い史料集および通史の達成という自治体史の編さん事業の到達点をふまえ、その成果と蓄積を新たな視点と長期的視野をもってとらえ返し、研究書として熟成させた成果として本書を推薦したい。


■軍港都市史研究 全巻構成


第T巻 増補版 舞鶴編〈坂根嘉弘編〉
本編では、舞鶴鎮守府設置により大きく変貌した舞鶴の政治・経済や社会を、地域の視点から解明するとともに、引揚者を受け入れた地域社会の諸相を読み解き、海上自衛隊と戦後舞鶴とのかかわりを究明する。補論などを収録した増補版。

第U巻 景観編〈上杉和央編〉
本編では、地図や空中写真、統計資料を駆使しつつ、軍港都市(横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊)の景観変遷をたどると同時に、近代から現代におよぶ軍港都市の空間的な諸様相、軍港都市の景観の行方に焦点をあてる。

第V巻 呉編〈河西英通編〉
本編では、「呉市から海軍を差し引いたら、何も残らない」(獅子文六『海軍随筆』)と言われた呉の地域社会の実相を多面的に描くとともに、軍港都市呉を中心とした瀬戸内空間がどのような歴史性をはらんでいたのか検討する。

第X巻 佐世保編〈北澤 満編〉
近代都市としての佐世保は、他の軍港都市と異なり、長崎県北部や離島に対する中心都市として発展したという特徴がある。敗戦後の佐世保は、中国からの復員船が到着する港でもあり、その復興が大きな課題となった。平和港湾産業都市構想が、朝鮮戦争や海上特別警備隊の設置などの社会情勢に押されて、しだいに軍港論に変化していく様子をも解き明かす。

第Y巻 要港部編〈坂根嘉弘編〉
本書では、まず要港や要港部の変遷と事例を説明し、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公が扱われる。もう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色が描かれていることである。軍港都市研究の事例を重ねた著者と、植民地研究で実績を重ねて来た著者の共同作業が成功して豊かな歴史像を提起している著作である。

第Z巻 国内・海外軍港編〈大豆生田稔編〉
本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられる。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるフランス軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。



 
◎おしらせ◎
 『経営史学』第53巻第4号(2019年3月号)に書評論文が掲載されました。
 「国家と都市のあいだの不健全な緊張関係 ―『軍港都市史研究』T〜Z―」……稲吉 晃氏


  大阪歴史科学協議会『歴史科学』237(2019年5月)に特集記事が掲載されました。
 〈2018年7月例会 近代都市史・地域史と軍港研究の到達点と課題 ―『シリーズ軍港都市史研究』から考える―〉
 「シリーズ軍港都市史研究を編集して ―成果と課題―」……坂根嘉弘氏
 「シリーズ軍港都市史研究の到達点とその意義をめぐって ―坂根嘉弘氏の論文に関する若干のコメント―」……北泊謙太郎氏
 「討論要旨」……久野 洋氏


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。