■天皇と官吏の時代 1868年〜1945年 | |||||
田村安興著 | |||||
明治以来の天皇親裁とは何だったのか? 多義的な天皇像を諸官との関係から検討する。 ■本書の構成 はじめに 第1章 天皇という存在をめぐって 明治以降の天皇像/神聖不可侵条項と天皇不答責/天皇神話に関する議論/明治大帝伝説の発信 第2章 シラシメル象徴天皇の由来 天子即神神話の由来/新嘗祭・大嘗祭と親祭/シラシメル天皇の由来/『古事記伝』とシラス・ウシハク/シラスメル天皇と象徴/橘守部による本居派批判/『日本書紀』の神々 第3章 明治太政官制と天皇親裁体制 幕末期の朝廷と上奏事項/「親政」体制の模索/明治太政官制の画期/官吏登用と官僚制の成立 第4章 明治天皇の国事行為記録 明治天皇の親裁記録/明治元年(一八六八)から明治八年(一八七五)にかけての国事行為/西南戦争期における国事行為/西南戦争以降の国事行為/『明治天皇紀』に記された行幸記録 第5章 元首と統帥思想の来歴 君主と統帥に関する思想/統帥権独立の諸形態 第6章 武官人事と天皇親裁体制 考科令と位階制/幕藩期の位階と士族/維新官吏の位階制/叙勲制度による武官職制の完成/武官の職制と考課/人事大権のシステム/大将人事と陸海軍の進級 第7章 帷幄上奏システムと天皇親裁 明治天皇への帷幄上奏例/昭和天皇への帷幄上奏例/『侍従武官長奈良武次日記』にみる帷幄上奏/『昭和天皇独白録』と親裁 第8章 御前会議と天皇親裁 参謀本部第二十班「機密戦争日誌」(「昭和日記」)の検討/参謀本部第二十班作成記録の検討/大本営「御前会議議事録」の検討/『木戸幸一日記』の検討/「近衛文麿手記」の検討/「東條英機獄中手記」の検討/「石井秋穂大佐回想録」の検討/御前会議議事録としての「田中新一中将業務日誌」昭和一六年(一九四一)八月一〇日〜一〇月八日 結 あとがき 索引 ◎田村安興(たむら やすおき)……1949年 高知県生まれ 現在、高知大学人文学部教授 著書の関連書籍 田村安興著 ナショナリズムと自由民権 田村安興著 日本中央市場史研究 ◎おしらせ◎ 『日本歴史』第810号(2015年11月号)に書評が掲載されました。 評者 門松秀樹氏 |
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ISBN978-4-7924-1017-9 C3021 (2014.9) A5判 上製本 418頁 本体10,000円 | |||||
刊行に当たって | |||||
田村安興 |
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従来、日本の近代史研究は、国民(臣民)のからの目線、中間層からの目線、軍・官僚・支配層からの目線などのさまざまな視角があったように思われる。多くの先行研究がなされているにも拘わらず、本書を執筆するに至った理由は、敗戦後におけるこの国では、「国体」の中枢にあった天皇と官吏の関係に関するそれまでの常識が非常識とされてきたと思うからであった。明治以来の天皇親裁とは何だったのかを知りたいという、筆者の能力に余る疑問がその出発点であった。 明治憲法によって実現したかに見えた立憲君主制は、高官が差配した親裁がその前提であった。従来、明治維新が目指した「親政」は”有司専制”によって阻止されてしまったとされてきたが「親政」は決して否定されたのではなかった。輔弼の副署が入った法令を裁可することによって行われる親裁とは、統治には不答責である象徴天皇によってなされた。本書は、明治初年から昭和戦前期の日本が”天皇と官吏の時代”であるという至極自明なことを前提として、親裁の実相に迫ろうとしたものである。 遡れば、明治維新以来の天皇には、親祭、親政、統帥を一身のうちに体現した三位一体の役割が期待された。それは神武神話上においてのみ存在するものであったが、立憲制の枠組みの中においても、引き続きこの国の国体にふさわしい理想的君主が追求されてきた。その努力は、明治維新期から太平洋戦争終結時までの約八〇年間変わることがなかった。他に例を見出しがたいこのような政体を制度設計し、しかも長期に亘って存続せしめた者は官吏であった。 やまと言葉で発せられる天皇の言霊は大八嶋の人々を統合したが、合理的精神とは一線を画したものがあった。明治憲法体制に基づく「国体」は西洋的合理的精神には基かず、右脳の作用によって支配されていたことを今日の我々が理解する事は容易ではない。国家神道と現人神を国民国家統合の宗教として官吏が制度設計を行ったとしても、臣民の側に、建国神話を受け入れる素地がなければ定着するものではなかった。戦後民主主義教育の下ではあまりにも古風となったシラシメル神武神話に関して、それを注入した側の論理をひとまず受け入れ、咀嚼する作業がこの歳になるまでの自分には欠けており、その反省を込めて、この国の「国体」を反芻する作業が必要であった。 本書は天皇親裁の一断面を概観したにすぎない。その実相は現在編纂中と伝えられている『昭和天皇紀』が刊行され、かつ非公開の史料がすべて公開されればより鮮明になるはずである。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |