方言史と日本語史
迫野虔徳著


昨年(2011年)12月に逝去された故迫野虔徳氏の遺稿集。


■本書の構成

第一章 地方語文献と日本語史

  第一節 方言史料としての古文書・古記録
  第二節 古文書に見た中世末期越後地方の音韻
  第三節 「
京大図書館蔵元亀二年本運歩色葉集」について
  第四節 「天正狂言本」追考
  第五節 仮定条件表現「ウニハ」
  第六節 推量の助動詞「ウズ」

第二章 九州・琉球文献資料と方言
  第一節 『交隣須知』の成立について
  第二節 
対馬歴史民俗資料館蔵本『交隣須知』について
  第三節 対馬方言書『日暮芥草』について
  第四節 対馬方言書『日暮芥草』の語頭p音語
  第五節 九州方言の動詞の活用
  第六節 『おもろさうし』のラ行四段動詞「おわる」の成立

第三章 中央語史と方言
  第一節 「たそかれ」考
  第二節 指示詞におけるコソアド体系の整備
  第三節 対馬の方言「かうじや、おふじや」
  第四節 カ行イ音便の形態的定着
  第五節 「たり」の展開

第四章 音韻と表記
  第一節 古文書・古記録の促音表記
  第二節 
山口県立文書館蔵『源氏物語古註』の表記について
  第三節 仮名文における拗音仮名表記の成立

第五章 仮名遣
  第一節 「仮名遣」の問題
  第二節 藤原定家の仮名遣
  第三節 定家の仮名遣いの成立について
  第四節 定家の「仮名もじ遣」
  第五節 『名語記』の仮名づかい
  第六節 定家以後の仮名遣
  第七節 仮名遣いの発生と展開

本書と既発表論文との関係
著作目録




 著者の関連書籍
 迫野虔徳著 文献方言史研究



 
◎おしらせ◎
 『日本語の研究』第12巻2号(2016年4月号)に書評が掲載されました。 評者 小林 隆氏



ISBN978-4-7924-1424-5 C3081 (2012.12) A5判 上製本 484頁 本体10,000円

   迫野虔徳著『方言史と日本語史』


聖心女子大学名誉教授 山口佳紀

 本書は、昨年(二〇一一)十二月に逝去された故迫野虔徳氏の遺稿集である。迫野氏は、日本語史研究の分野をリードする第一級の研究者であった。今回まとめられた遺著の表題からも窺えるように、中央語史と方言史との両面に通じておられた。しかも、上代から現代に至る日本語史全般に対する透徹した識見を有し、研究史上に輝かしい業績を残された。

 その一端は、先年上梓された名著『文献方言史研究』(清文堂出版、一九九八、新村出賞受賞)に収められた諸論文によって示されている。しかし、その書に漏れた論文もあり、その後も多くの論文が書き継がれたから、それらを収録した研究書の刊行が期待されていたことは、言うまでもない。ご本人もそのつもりであったようで、『方言史と日本語史』の書名のもと、既発表論文を改訂し、書き下ろしの原稿を加えて、新たな一書として刊行するという計画があったと聞いている。しかし、その計画が実現する前に、迫野氏は思いがけなく病魔に侵され、その機会は永遠に失われてしまったのである。そのことを惜しむ研究者は多かったが、その声を受けて、門下の俊秀青木博史氏が、師である迫野氏の遺志を最大限尊重する形で編集したのが本書である。すなわち、本書は、前著に収められなかった既発表の論文(書き下ろし一編を含む)をほぼすべて収録し、全二七編の論文を「地方語文献と日本語史」「九州・琉球文献資料と方言」「中央語史と方言」「音韻と表記」「仮名遣」の五章に分かって配列したものである。

 私は、同じ頃に研究を始めた者として迫野氏の論文には早くから注目していたが、とりわけ氏のことを強く意識するようになったのは、私の興味の中心が古代語であったという事情があって、「「防人歌」の筆録−その言語資料としての性格−」(『語文研究』五〇号、一九八〇)を読んだ時からであったと思う。我々は言語史の資料として文献を用いることが多いが、その文献が言語史資料としてどのような性格をもつかという点に熟考を凝らす必要があるということを、その論文によって改めて教えられたのである。それ以来、迫野氏の論文にはなるべく多く眼を通すように心がけた。また、同世代の研究者が集まって作った小規模の研究会にともに参加して以来、論文を通してだけでなく、その篤実なお人柄に触れ、また直接に研究上の刺激を受けるようになったのは、ありがたいことであった。

 近年、氏の体調が思わしくないということを聞いて心配をしていたが、それほど深刻なご病気とは思わなかった。ところが、昨年十月に新刊の拙著を送ったところ、謝辞とともにご自身の病状が書かれたお手紙をいただき、その文面の最後に「もう少し余力のあるときに頑張っておくべきでした」とあるのを見て、容易ならぬ事態と知ったのである。そのご無念の思いは察するに余りある。そのようなわけで、生前にご自身の手で仕事をまとめることは叶わなかったが、幸いにも、青木氏の尽力によって迫野氏の仕事のほぼ全貌が見られるようになった。おそらく、天上の著者も十分満足しておられるに違いない。

 本書に収められた諸論文は、日本語史に関心をもつ人にとって必読のものであると確信している。広く読者に迎えられることを熱望する。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。