軍港都市史研究Y 要港部編
坂根嘉弘編


本書では、まず要港や要港部の変遷と事例を説明し、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公が扱われる。もう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色が描かれていることである。軍港都市研究の事例を重ねた著者と、植民地研究で実績を重ねて来た著者の共同作業が成功して豊かな歴史像を提起している著作である。


■第Y巻 要港部編の構成

序 章 要港部と地域社会 …… 坂根嘉弘

第一章 北方の海軍基地大湊
―水雷団・要港部・警備府― …… 河西英通
  
はじめに/水雷団の開庁/水雷団から要港部へ/陸奥湾開発論/要港部から警備府へ/おわりに

  コラム 蟹工船と大湊軍港 …… 河西英通


第二章 竹敷要港部の展開と地域社会 …… 坂根嘉弘
  
はじめに/対馬における軍事施設/要港部設置と地域社会経済の変容/おわりに

  コラム 対馬の木庭作と軍港要港規則 …… 坂根嘉弘


第三章 政軍都市・旅順の成立とその変遷 …… 風間秀人
  はじめに/政軍都市・旅順の成立/日本統治下の旅順/人口からみた旅順/旅順港の貿易/おわりに

第四章 要港部都市・植民地都市としての鎮海 …… 橋谷 弘
  本章の課題と先行研究/要港部都市としての鎮海/植民地都市としての鎮海/おわりに

  コラム 上泉徳弥と財部彪 …… 橋谷 弘


第五章 馬公における軍港と商港
 ―ワシントン会議と要港部における築港工事を中心に― …… 井上敏孝
  はじめに/築港事業の開始と港勢の変遷(一八九五〜一九二二年)/海軍軍備制限条約と水産業の発展(一九二三〜一九三五年)/築港工事の再開と交通インフラの整備(一九三六〜一九四五年)/おわりに

  コラム 澎湖庁の人口密度が全国第三位は本当か?……井上敏孝


第六章 朝鮮半島における「ロータリー」の設置と現状
―軍港都市・鎮海の「ロータリー」をめぐって― …… 山元貴継
  はじめに/「ロータリー」の原理と問題点/韓国・鎮海の街路計画と「辻」/現・昌原市鎮海区における「ロータリー」の現状/韓国において実現した「ロータリー」と実現しなかった「ロータリー」/おわりに

  コラム 日本統治時代における朝鮮半島の都市人口 …… 山元貴継


ISBN978-4-7924-1052-0 C3321  (2016.6) A5判 上製本 342頁 本体7,800円

  軍事情勢に翻弄される小軍港都市の歩みを植民地もふくめて分析


東京大学大学院人文社会系研究科教授  鈴木 淳

 軍港都市史研究シリーズはすでに『舞鶴編』『呉編』『景観編』が刊行され、都市史の新たな分野を確立した感がある。あらたにそれに加わる本書『要港部編』は、ある意味で、最も「軍港都市史」らしい本である。「軍港都市史」という言葉からすぐに連想される、軍事施設である軍港の消長が所在都市の運命を大きく左右するという意味での軍港の都市史を、いくつもの軍港について提示するからである。

 「要港部」は呉や横須賀、佐世保といった「軍港」に置かれる「鎮守府」より小規模な機関で、徴募した水兵を訓練し、待機させる海兵団を持たない。そして、同時代の公式の定義では「要港部」が置かれる港は原則的に「要港」であって、「軍港」ではない。しかし、要港部は小規模ではあるが海軍工廠の小型版である工作部を持ち、本シリーズで強調される陸軍が駐屯した軍都とは異なる、軍人がいるだけではなく工廠も所在する都市、という軍港都市の性格をしっかりと備えている。一方で、海兵団や学校が所在するわけではないので、その海域で軍艦が行動する必要性が薄れれば、要港部の存在意義は低下し、規模の縮小や廃止に至る。仮想敵の変化や軍縮を含む軍事情勢、地域から見れば海軍の都合に左右されやすいという点で、要港は軍港以上であり、本書でていねいに示された豊かな事例からは軍と地域の関係の本質が窺える。

 本書では、「要港部編」の名にふさわしく、まず要港や要港部の制度的変遷と全事例を網羅的に説明する、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公、が扱われる。扱う章が立てられていないのは、要港が置かれた期間が短い青島、徳山と朝鮮の永興だけなので、ほぼ網羅的な検討がなされているといえよう。そして、いずれの要港に関しても、海軍が駐屯した全期間を通じた所在地域の動向が見通される。このうち対馬の竹敷は日露戦争時には重要な役割を果たすものの、その後は軍港機能が縮小され、ついには海軍が退去する。軍港都市と呼べる規模ではないかも知れないが、本書では陸軍の要塞砲兵部隊が駐屯した鶏知との対比も含め、対馬全体の情況が展望されている。

 本書のもう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色がしっかりと描かれていることである。朝鮮半島における「ロータリー」を扱った章も、この延長上にある。そして、要港が網羅的にあつかわれ、しかも著者が執筆過程で成果を交流して一部の論点を共有しているが故に、読者は、大湊と鎮海の要港部司令官を歴任して現地で軍港都市発展の大風呂敷をひろげた上泉徳弥が、内地と植民地という異なる舞台でそれぞれどのような影響を地域社会に与えたのか対比する楽しみを味わえる。上泉に関しては、さらに財部彪との関係を扱ったコラムまで用意されている。編者をはじめ軍港都市研究の事例を重ねた著者と、植民地研究で実績を重ねて来た著者との共同作業が成功して豊かな歴史像を提起している著作である。


■軍港都市史研究 全巻構成


既刊
第T巻 舞鶴編〈坂根嘉弘編〉
本編では、舞鶴鎮守府設置により大きく変貌した舞鶴の政治・経済や社会を、地域の視点から解明するとともに、引揚者を受け入れた地域社会の諸相を読み解き、海上自衛隊と戦後舞鶴とのかかわりを究明する。

第U巻 景観編〈上杉和央編〉
本編では、地図や空中写真、統計資料を駆使しつつ、軍港都市(横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊)の景観変遷をたどると同時に、近代から現代におよぶ軍港都市の空間的な諸様相、軍港都市の景観の行方に焦点をあてる。

第V巻 呉編〈河西英通編〉
本編では、「呉市から海軍を差し引いたら、何も残らない」(獅子文六『海軍随筆』)と言われた呉の地域社会の実相を多面的に描くとともに、軍港都市呉を中心とした瀬戸内空間がどのような歴史性をはらんでいたのか検討する。

第W巻 横須賀編〈上山和雄編〉
日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった横須賀市、すなわち軍港都市研究の「本丸」に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究。

第Z巻 国内・海外軍港編〈大豆生田稔編〉
本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられる。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるブレスト軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。


続刊
第X巻 佐世保編〈北澤 満編〉


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。