■増補版 軍港都市史研究T 舞鶴編
坂根嘉弘編



刊行にあたって

軍港都市史研究会
 軍港都市史研究シリーズでは、軍港都市をめぐる様々な問題を、軍港を支えた地域社会の視点から、学際的に研究することを目的としている。その意味では、本シリーズは、いわゆる軍事史研究を目的とするものではなく、軍事的視点を踏まえつつも、より幅広い視点から、軍港都市を総合的に研究することを目的としている。軍港都市史研究は、従来の軍事史研究や近代都市史研究では、本格的に取り上げられなかった分野である。近年、「軍隊と地域」をめぐっては、陸軍の軍都に関する研究が先行しているが、本シリーズではかかる研究状況に対して、海軍の軍都(鎮守府・要港部が置かれた港湾地域)の本格的研究をすすめていくことをめざしている。加えて、本シリーズにおける様々な研究の積み重ねにより、軍港都市という近代都市・現代都市の一つの類型が浮き彫りになることを念じている。

 本シリーズの研究対象地域は、鎮守府が置かれた横須賀、呉、佐世保、舞鶴の四軍港を中心に、要港部が置かれた大湊、竹敷などの諸地域である。これらの地域は、明治以来、鎮守府・要港部の設置により、短期間に急激な変化をこうむった地域であり、戦後は海上自衛隊地方隊やその関連施設が置かれている地域である。これらの地域は、共通の問題をもっていると同時に、各地域独特の問題も抱え込んでいる。本シリーズでは、それぞれの軍港都市の分析とともに、軍港都市間の比較分析も課題としている。それらの課題を達成するため、軍港別の巻と課題別の巻という構成をとった。


 本シリーズは、軍港都市史研究会の研究成果として刊行される。本シリーズの完結に向け、皆様のご支援・ご鞭撻を賜れば幸甚である。




■本巻の構成

序 章 軍港都市と地域社会…………坂根嘉弘
  はじめに
  第一節 人口動態
  第二節 軍港都市財政の特徴 ―重工業大都市との共通性と特殊性―
  第三節 舞鶴軍港の特徴と本書の概要

  コラム 地形図にみる舞鶴軍港…………山神達也

第一章 日露戦後の舞鶴鎮守府と舞鶴港…………飯塚一幸
  はじめに
  第一節 舞鶴開港問題の成立
  第二節 舞鶴港の修築工事と舞鶴開港
  第三節 韓国併合と舞鶴開港
  第四節 第一次世界大戦期の舞鶴開港問題
  第五節 軍縮と三舞鶴町
  おわりに

  コラム 舞鶴鎮守府と東郷平八郎…………飯塚一幸

第二章 舞鶴軍港と地域経済の変容…………坂根嘉弘
  はじめに
  第一節 資産家の構造変化
  第二節 地元本店銀行の不在と支店銀行化
  第三節 米穀流通の変化
  おわりに

  コラム 軍港都市には軍人市長が多いか…………坂根嘉弘

第三章 軍事拠点と鉄道ネットワーク ―舞鶴線の敷設を中心として― …………松下孝昭
  本章の課題
  第一節 陸軍の鉄道関係要求
  第二節 鉄道敷設法と軍事拠点
  第三節 日清戦後の軍備拡張と鉄道ネットワーク
  第四節 舞鶴線敷設の遅延
  第五節 官設鉄道としての舞鶴線の建設
  日露戦後期への展望 ―むすびにかえて―

  コラム 舞鶴要塞と舞鶴要塞司令官…………坂根嘉弘

第四章 「引揚のまち」の記憶…………上杉和央
  はじめに
  第一節 舞鶴と引揚
  第二節 引揚記念塔建設計画
  第三節 景観の消滅と記憶の場の創出
  第四節 「引揚のまち」のイメージ
  第五節 偲ばれた「まいづる」
  歴史の現在的利用 ―終わりにかえて―

  コラム 「引揚のまち」の現在…………上杉和央

第五章 近代以降の舞鶴の人口…………山神達也
  人口からみる地域の姿
  第一節 対象地域と使用する統計
  第二節 一八九八年から一九一八年までの人口の動向
  第三節 一九二〇年から一九四六年までの人口の動向
  第四節 一九四七年から二〇〇五年までの人口の動向
  おわりに

  コラム 旧加佐郡における市町村合併…………山神達也

第六章 舞鶴の財政・地域経済と海上自衛隊……………筒井一伸
  はじめに
  第一節 戦後舞鶴の歩みと海上自衛隊
  第二節 海上自衛隊と舞鶴市財政
  第三節 海上自衛隊と舞鶴の地域経済
  海上自衛隊との受動的関係と戦略的活用 ―まとめにかえて―

  コラム 「海軍」・「海上自衛隊」と舞鶴の地域ブランド戦略…………筒井一伸

補 論 大舞鶴市の誕生…………坂根嘉弘
  はじめに
  第一節 困難とみられていた両市の合併
  第二節 合併交渉の開始
  第三節 合併への準備工作
  第四節 合併への道程
  第五節 初めての舞鶴市会議員選挙
  第六節 新生舞鶴市会の誕生
  おわりに

各巻推薦文 「軍港都市」という新たな都市類型の提示……上山和雄/若手研究者の開拓した斬新な成果……田中宏巳/多様な切り口と時系列的奥行きをクロスさせた新しい軍都・軍港史研究……荒川章二/軍港社会史と自治体史編さんの到達点の融合……荒川章二/日本近代都市史研究の新しい波……原田敬一/軍事情勢に翻弄される小軍港都市の歩みを植民地もふくめて分析……鈴木 淳/グローバルな海軍と新しい軍港都市史に向けて……田中宏巳




ISBN978-4-7924-1093-3 C3321 (2018.8) A5判 上製本 478頁 本体8,600円

『軍港都市史研究』全七巻の発刊を終えて

広島修道大学商学部教授 坂根嘉弘

 二〇一八年二月に刊行した北澤満編『軍港都市史研究X 佐世保編』で、軍港都市史研究シリーズは完結した。二〇〇五年の研究会立ち上げからすると、一三年かかったことになる。軍港都市史研究シリーズの端緒は、舞鶴軍港を対象にした舞鶴近現代史研究会である。陸軍の軍都ほどには海軍軍港の研究が進んでいないのではないかという思いがあり、舞鶴に関心がありそうな方に依頼して舞鶴軍港を対象にした研究会を立ち上げた。その研究成果をとりまとめて、この研究会は終わりにするつもりであったが、公刊をお願いした清文堂出版から、軍港都市史研究をシリーズ化しないかというお誘いをいただき、日本海軍のすべての軍港・要港を対象とする全国区の軍港都市史研究会を組織することになった(日本海軍は軍港と要港を区別していたが、軍港都市という場合は要港を軍港に含めている)。清文堂出版に研究成果の公刊をお引き受けいただいたことは、軍港都市史研究会を組織・運営するうえで確かな誘因となった。

 研究史の側面で、我々の軍港都市史研究を後押ししてくれたのは、ちょうど荒川章二『軍隊と地域』(青木書店、二〇〇一年)や上山和雄編『帝都と軍隊 地域と民衆の視点から』(日本経済評論社、二〇〇二年)により、軍隊と地域社会という分析視角が一つの研究潮流をなしていたことである。軍隊と地域社会という視点は、多様な視角から接近する都市史研究や地域史研究と切り結ぶことが可能となるし、日本史分野だけではなく学際的な拡がりをもちえると思われた。そのこともあり、地理学、建築史や外国史の方にも参加していただき、幅広い多様な視点から軍港都市を総合的に研究することを心掛けた。

 今回、『佐世保編』の刊行で軍港都市史研究シリーズが完結を迎えたので、幾つかの増補を加えて、永らく品切れとなっていた『舞鶴編』の増補版を公刊することになった。注文を受けながら品切れのままでは版元としての社会的な責務が果たせないという、清文堂出版の前田博雄社長の想いからでもある。お礼を申し上げたい。

 研究会代表の上山和雄氏や幹事(各巻の編者)をはじめ、執筆者の皆さんの尽力があり、軍港都市史研究シリーズは完結を迎えることができた。不十分なところも多々あるとは思うが、軍港都市史研究会のこれまでの研究成果が、今後の軍港都市史研究、軍事史研究、都市史研究、地域史研究に貢献できることを祈念している。


 
■軍港都市史研究 全巻構成


第U巻 景観編〈上杉和央編〉
本編では、地図や空中写真、統計資料を駆使しつつ、軍港都市(横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊)の景観変遷をたどると同時に、近代から現代におよぶ軍港都市の空間的な諸様相、軍港都市の景観の行方に焦点をあてる。

第V巻 呉編〈河西英通編〉
本編では、「呉市から海軍を差し引いたら、何も残らない」(獅子文六『海軍随筆』)と言われた呉の地域社会の実相を多面的に描くとともに、軍港都市呉を中心とした瀬戸内空間がどのような歴史性をはらんでいたのか検討する。

第W巻 横須賀編〈上山和雄編〉
日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった横須賀市、すなわち軍港都市研究の「本丸」に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究。

第X巻 佐世保編〈北澤 満編〉
近代都市としての佐世保は、他の軍港都市と異なり、長崎県北部や離島に対する中心都市として発展したという特徴がある。敗戦後の佐世保は、中国からの復員船が到着する港でもあり、その復興が大きな課題となった。平和港湾産業都市構想が、朝鮮戦争や海上特別警備隊の設置などの社会情勢に押されて、しだいに軍港論に変化していく様子をも解き明かす。

第Y巻 要港部編〈坂根嘉弘編〉
まず要港や要港部の変遷と事例を説明し、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公が扱われる。もう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色が描かれていることである。

第Z巻 国内・海外軍港編〈大豆生田稔編〉
本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられる。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるフランス軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。



 
◎おしらせ◎
 『経営史学』第53巻第4号(2019年3月号)に書評論文が掲載されました。
 「国家と都市のあいだの不健全な緊張関係 ―『軍港都市史研究』T〜Z―」……稲吉 晃氏


  大阪歴史科学協議会『歴史科学』237(2019年5月)に特集記事が掲載されました。
 〈2018年7月例会 近代都市史・地域史と軍港研究の到達点と課題 ―『シリーズ軍港都市史研究』から考える―〉
 「シリーズ軍港都市史研究を編集して ―成果と課題―」……坂根嘉弘氏
 「シリーズ軍港都市史研究の到達点とその意義をめぐって ―坂根嘉弘氏の論文に関する若干のコメント―」……北泊謙太郎氏
 「討論要旨」……久野 洋氏


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。