生態学的建築史試論
妻木宣嗣著


建築空間をつくる人々、建築環境を参拝する人々、修行をする人々、商いをする人と客、といった、より具体的な人々と空間を対象として歴史的建築・建築空間と人との考察を生態学的に試みる。第Ⅰ部では、アイマークレコーダー(人の視線を読み取る装置)を用いて、室生寺、長谷寺、今井町、在郷神社をフィールドに、人間の視覚、人のふるまい、から建築環境を考える。続く第Ⅱ部では、「名所図会」、『花の下影』、寺院史料などの絵画史料から日本歴史空間のアフォーダンス性、シークエンス性について論述する。最後に第Ⅲ部付章では、何となく作られているようにみえる前近代的な装置としての仮設店舗にも、人のふるまいを誘導するさまざまな仕組みが内包されていたことが明らかにする。




■本書の構成


第Ⅰ部

第1章 歴史的環境把握のための一省察 
――室生寺での実験調査から
  研究の背景・目的・方法/研究史の整理と本書の射程/室生寺におけるシークエンス的分析


第2章 歴史的環境把握のための一省察 
――長谷寺での実験調査から
  境内空間構成の概要/下登廊の構成/下登廊を歩く被験者の視覚行動/中登廊・上登廊の構成


第3章 歴史的環境把握のための一省察 
――奈良県橿原市今井町での実験調査から
  研究の方法/被験者がみる範囲(レンジ)に関する考察/分析/被験者のみる左右視覚行動――滋賀県彦根市キャッスルロード


第4章 京都府京丹後市域の神社における空間構成
  京丹後市域の在郷神社について/京丹後市域の神社が持つ特徴/日吉神社境内におけるふるまいについて/日吉神社境内におけるふるまいの特性


第Ⅱ部

第1章 「名所図会」に描かれた近世商業空間 
――その成立過程
  「名所図会」以前の名所案内記/『都名所図会』の成立とその後/絵画を通してみた景観と建築空間/『日本名所風俗図会』に描かれた店舗の特徴


第2章 画師の描いた近世商業空間 
――『花の下影』に描かれた近世商業空間
  食のガイドブック/描写の視点場とその対象範囲/人物描写の特徴とその傾向


第3章 近世における商業空間の特質 
――軒先空間を中心に
  対象史料の限定/業種と平面形式/客から見た店舗空間/店舗空間における客と店員の関わり/しつらいと店舗空間――商品陳列を中心として/店舗空間の距離関係


第4章 江戸の寺院境内配置と生態学的把握
  「諸宗作事図帳」と「御府内寺社備考」について/「諸宗作事図帳」と「御府内寺社備考」の指図の比較/寺院空間構成の具体的な検証


第Ⅲ部

付章 仮設店舗が構成する参道空間における人のふるまい
  基礎データの収集法/参道での客の購買直前行動と仮設店舗の庇との関係について/仮設店舗の庇下空間と参拝者の歩行行動について/参道空間における人の密度変化の概要/店舗別庇下空間における人の密度変化の概要



  ◎妻木宣嗣
(つまき のりつぐ)……1969年大阪市生まれ 大阪工業大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程修了 現在、大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部准教授 博士(工学)



 著者の関連書籍
 妻木宣嗣著 ことば・ロジック・デザイン

 藪田 貫編 近世の畿内と西国

 妻木宣嗣・曽我友良・橋本孝成著 近世の法令と社会―萩藩の建築規制と武家屋敷―

 妻木宣嗣著 地域のなかの建築と人々

 妻木宣嗣著 近世の建築・法令・社会




ISBN978-4-7924-1446-7 C3052 (2019.10) B5判 上製本 255頁 本体8,500円

  
刊行にあたって

 これまでも多くの論文が日本建築史と人をテーマとして論述された。筆者も例外ではなく、建築と建築規制を中心にそれを取り巻く社会について、かつて考察を試みたことがある。本書はさらに建築空間をつくる人々、建築環境を参拝する人々、修行をする人々、商いをする人と客、といった、より具体的な人々と空間を対象として歴史的建築・建築空間と人との考察を生態学的に試みている。

 第Ⅰ部では、主に歴史的環境に身を置く人が、どういう行動を行うかを分析することによって、日本歴史空間のアフォーダンス性、シークエンス性について考察する。具体的にはアイマークレコーダー(人の視線を読み取る装置)を用いて、室生寺、長谷寺、今井町、在郷神社をフィールドに、人間の視覚、人のふるまい、から建築環境を考えた。人間は自ら歩き、見る場合もあれば、まわりの環境に歩かされ、見させられている点が明らかになったと考えている。

 続く第Ⅱ部では、「名所図会」、『花の下影』、寺院史料などの絵画史料から日本歴史空間のアフォーダンス性、シークエンス性について論述したものである。たとえば「名所図会」など、人でごった返しているようにみえる絵図から客と店員との関係を抽出すると、客は街路に向かって腰掛け、商品を吟味するなどと共に、自身は動かないが、街路を行き交う人々をシークエンシャルに眺めている。つまり客が動かなくとも街路を歩く武士、商人、売り子、大八車、駕籠といったものを見させられている場合があることが明らかになった。

 最後に第Ⅲ部付章では、仮設店舗(屋台)の庇の出と、人のふるまいについて、考察を試みる。何となく作られているようにみえる前近代的な装置としての仮設店舗にも、人のふるまいを誘導するさまざまな仕組みが内包されていたことが明らかになった。現在でも祭りなどで、多くの人々でにぎわう参道にも、よくよく観察するといろいろな仕掛けがみえてくるといえよう。

 日本建築史学には素晴らしい特有の方法論(例えば復原論など)がある。であるが故に、逆にそれにしがみつき、他分野との交流がほとんどないのが現状である。そういった閉塞感の払拭も必要かと思い、本書を刊行する次第である。ご一読いただきたい。
  (妻木宣嗣)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。