河内木綿と大和川
山口之夫著/福島雅藏・市川秀之編


近世の河内を彩った
河内木綿と大和川付替えを通じて
地域の生活史を語る


■本書の構成

まえがき……井上 薫

第一編 河内木綿

 一 わが国の綿作の始まり
 二 河内国の綿作率と経済的有利性
 三 綿の栽培
 四 河内木綿
 五 繰綿の流通と平野郷町
 六 河内木綿の木綿商人
 七 大和川付替え河内木綿起源説批判

第二編 大和川
 一 河内湾・河内潟・河内湖の時代
 二 古大和川の流路と水系
 三 古代文献と古大和川
 四 和気清麻呂の改修と以降の治水
 五 新大和川の開削
 六 新大和川開通後の問題

 参考文献一覧
 概  要
 山口之夫先生略年譜
 あとがき……福島雅藏





 本書の関連書籍
 市川秀之著 歴史のなかの狭山池

 大阪経済法科大学 河内学研究会 編 「河内学」の世界



ISBN978-4-7924-0626-4 C3021 (2007.4) A5 判 上製本 326頁 本体5800円
近世摂河泉地域像を豊かにする書
大阪大学大学院文学研究科教授  村田路人
 私にとって、大阪歴史学会近世史部会は、院生時代以来の学びの場であるが、院生時代、一九五〇年代の同部会の目覚ましい活動ぶりをよく耳にしたものである。それはおもに、畿内先進地域における経済的発展や、農村構造の変化、また農民闘争などに関する諸研究であったが、その熱気は、今でも、学会誌である『ヒストリア』や、部会誌である『近世史研究』に掲載された諸論考から感じ取ることができる。
 山口之夫先生は、その当時の近世史部会の中心的メンバーの一人で、摂河泉地域における木綿の生産・流通や治水・灌漑事業などに関して、多くの先駆的なご研究がある。地方史料を博捜し、手堅い実証のもと、きわめて平易に論を展開するというのが、先生のご論考に共通する特徴である。自治体史編纂にも積極的に携わられ、この地域の近世史を研究する者は、先生のお仕事に多大の恩恵をこうむっている。
 このほど刊行された『河内木綿と大和川』は、二〇〇四年八月に八四歳で逝去された山口先生が、生前にほぼ原稿を完成されていたもので、すべて書き下ろしである。書名の通り、第一編「河内木綿」と第二編「大和川」の二編から成る。第一編では、河内木綿の栽培方法、綿繰りから木綿織りまでの諸工程、繰綿の流通の実態、繰綿流通をめぐる訴願運動などが、実にわかりやすく説明されている。第二編では、宝永元年(一七〇四)の付け替え以前の大和川およびその治水問題をめぐる歴史を、先史時代の大阪平野の状況から、付け替え後の新田開発や代替地問題、また灌漑体系の変化などまで包括的に論じたものである。
 両編とも、一見概説的な叙述スタイルをとっているが、その内容は、先生の長年のご研究に裏打ちされたもので、その水準の高さと、近世史の枠にとどまらない幅の広さには驚かされる。また、本書には、通説を見直そうとする試みも随所に見られる。大和川付け替えをきっかけに、河内木綿が発展したという通説に対し、付け替え以前の綿作の普及を明らかにされたのは、その一つである。
 本書は、山口先生とともに、大阪歴史学会近世史部会をリードされた花園大学名誉教授福島雅藏先生と、山口先生の狭山池研究のよき理解者である滋賀県立大学助教授市川秀之氏によって編集された。すぐれた書が、著者の学問を深く理解される編者によって、世に出たことは、学界にとってまことに喜ばしいことである。本書の刊行によって、近世摂河泉地域像は、一段と豊かなものになった。是非一読をお薦めしたい。

畿内農村史研究、永遠のテーマ
京都大学人文科学研究所助教授  岩城卓二
 『近世史研究』という雑誌がある。一九五四年から七一年まで大阪歴史学会近世史部会が刊行した学術雑誌で、四七号まで発行された。三〇号直前までガリ版刷りの誌面は味わい深いものがあるが、その価値は一時代を築いた畿内農村史研究の成果が満載されていることだけでなく、多くの若き研究者たちが学会に集い、激しい議論を闘わしていた時代を体感できることにある。
 この活気あふれる時代を担った一人が山口之夫氏である。二号に「摂津平野郷町の綿年貢」を寄稿されて以降、氏は重要な成果を次々と同誌や大阪歴史学会誌『ヒストリア』に発表された。共通するのは興味深い新史料の発掘と丁寧な紹介・分析であり、その史料のひとつは後に藪田貫編『天保上知令騒動記』(清文堂)として全文が翻刻され、天保上知令にとどまらず、畿内地域社会を論じるうえでも貴重な史料であることが再認識された。
 氏がとくに精力を傾けられたのが河内木綿と大和川の研究で、本書は長年の蓄積をふまえて書き下ろされたものである。第一編「河内木綿」では綿作の起源、生産から流通・消費までを幅広く論じることで河内木綿の特質を、第二編「大和川」では付け替え前後の叙述に多くを割くことで、宝永元年(一七〇四)付け替えの歴史的意義を浮かび上がらせている。また随所にみられる土地条件図・地形図を用いた分析は、畿内農村を駆け回り、史料の現場を大切にされた氏であるが故の、重みと迫力のある成果といってよい。
 木綿と大和川付け替えは、畿内農村史研究にとって常に新しい観点から再構成され続けなければならない永遠のテーマである。また地域に根ざした歴史教育に取り組む上でも優れた素材で、氏は本書が学校教育現場でも活用されることを望んでおられたように思う。ご一読をお勧めしたい。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。