『節用集』研究入門

日本語学講座 第5巻

今野真二著


江戸期から脈々と続けられてきた『節用集』研究はどのような径庭を経て、どのような到達に今あるのか。その軌跡と今後の課題を示す。


はじめに
    traceという「方法」 辞書体資料 『節用集』の著者 『節用集』の編集者/編纂者 辞書体資料として『節用集』を捉える

序 章 『節用集』とはどのような辞書か
  第一節 『下学集』がどのようにとりこまれているか
    『下学集』をもとにして『節用集』をつくる イ部畜類門を例として 『下学集』との関わり方 『下学集』の増補と『節用集』と ウ部天地門を例として
  第二節 見出し項目について
    見出し項目の形式 見出し項目となっている漢字列
  第三節 伊勢本・印度本・乾本

第一章 『節用集』の諸本
  第一節 諸本の概観
    「新写永禄五年本」 「増刊本」 彰考館文庫蔵「永禄十一年本」 草間直方本(永禄十一年本) 草間直方本の書き入れ テキストの呼称
  第二節 「一覧表」の補足
  第三節 「一覧表」に載せられていないテキスト
  第四節 覆製・影印が刊行されているテキスト
  第五節 『五本対照改編節用集』について

第二章 『節用集』諸本の系譜的聯関
  第一節 前提となることがら ―一元的な成立―
    伊勢本・印度本・乾本 印度本系統本のイ部冒頭 易林本の特異性 「一部」の位置づけ 『節用集』研究における「鳥瞰・虫瞰」 『節用集』の一元的な成立
  第二節 『節用集』の原態
    『下学集』と『節用集』の原態との関わり イロハ四十四部
  第三節 伊勢本と印度本と
    「枳園本」の概観 「枳園本」にみられる書き入れなど 永禄二年本類の「十二支」と天正十八年本類の「十二支之異名」

第三章 『節用集』にながれこむもの
  第一節 『節用集』と『色葉字類抄』と
    「永禄二年本類」の「〜部」注記 「新写永禄五年本」にみられる「〜部」注記 「新写永禄五年本」ハ部言語門にみられる「〜名」注記 「〜名」注記のみられる見出し項目について 「ハクシュ(白珠)」  「ハクハ(白波)」「ハクロク(白鹿)」 「ヒョウイン(豹隠)」「ボウフ(望夫)」 「ハユウ(波郵)」 註文を有する見出し項目 「新写永禄五年本」チ部言語門にみられる『色葉字類抄』の見出し項目 「永禄二年本類」の頭字類聚
  第二節 『節用集』と『下学集』と
「弘治二年本類」と『下学集』と 「黒本本類(黒本本・図書寮零本・和漢通用集)」と『下学集』と 「永禄二年本類」と『下学集』と
  第三節 『節用集』と『仮名文字遣』と
「小汀本」にみられる「定」注記項目と『運歩色葉集』と 『節用集』における「同語異表記」をどうみるか 「ヲイホ」という語形をめぐって 漢字列の類聚@ 辞書の体例 漢字列の類聚A 
  第四節 『節用集』と『色葉字訓』と
堯空本+色葉字訓=経亮本 堯空本+文献X+色葉字訓=経亮本 『色葉字訓』の「経亮本」への関与が不分明である場合 門頭補綴型をめぐって

 


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ISBN978-4-7924-0963-0 C3381 (2012.4) A5判 上製本 230頁 本体3,500円
    『節用集』という辞書

  古本『節用集』に関して、「書簡文書等を認める際に、日常通用の語を如何なる漢字で書き現はすべきかを索めるための辞書としての要求に応じて、これに最適の編纂を工夫し、いろは分けの音別を採用した」(川瀬一馬『増訂古辞書の研究』一九五五年初版、一九八六年再版、雄松堂出版刊)と述べられたことがあった。ここには「日常通用の語」とある。古本『節用集』は「通俗辞書」と呼ばれることもあり、さらに「庶民の実用書」という表現が用いられることもあった。
 しかし、『下学集』に淵源をもつことが確実であることからすれば、「日常通用」や「庶民の実用書」というみかたを無条件に認めることはできない。第五巻は古本『節用集』を扱った。『下学集』から『節用集』へ「流れ込んだもの」が、古本『節用集』を経て、江戸期刊行のさまざまなタイプの『節用集』へどのように受け継がれ、どのように受け継がれなかったか。その連続と不連続との様相を、言語を中心に据えてとらえていくことによって、中世期の日本語と江戸期の日本語とがどのように連続しているのかを、より立体的に描くことができるようになると考えたい。さらに、江戸期刊行のさまざまなタイプの『節用集』が、明治期に刊行された、「節用集」にどのように受け継がれていくのかを明らかにすることは、辞書体資料を通して日本語の史的変遷を窺うという、よりダイナミックな「課題」というべきであろう。
 そのような、幾つもの魅力的な「課題」が解明されることを待っているのであるが、やはり淵源の古本『節用集』がどのような辞書であったのかをまず確認しておく必要がある。翻って、「辞書であった」ということの確認も必要かもしれない。左に図版として、十八世紀も終わろうとする、寛政十一(一七九九)年に刊行された『大豊節用壽福海』を掲げた。こ部気形門の冒頭には「金翅鳥(こんじてう)」が置かれている。これは元和版『下学集』気形門の冒頭にも置かれており、『下学集』と『節用集』との「連続」が根強いことを思わせる。
 (今野真二)
※上記のデータはいずれも本書刊行時のものです。