ボール表紙本

日本語学講座 第7巻

今野真二著


草双紙、実録体小説、翻訳小説など、さまざまな内容をもったボール表紙本から明治期の日本語の多様性を読み解く。


序 章 ボール表紙本の概観
  第一節 ボール表紙本
    書物の形態による命名 誤植・落丁・正誤表
  第二節 ボール表紙本の書誌
    版権免許・出版・印刷 印刷所 瀧川三代太郎
  第三節 ボール表紙本の享受層
    蔵書票からわかること さまざまな所持者 ボール表紙本と貸本屋

第一章 幕末から明治へ
  第一節 草双紙の活字化
    『島田一郎梅雨日記』 漢字字形/漢字字体 漢字列の変更 振仮名の変更 『橋阿傳夜叉譚』 漢字字形/漢字字体・漢字(列) 「ニ」と「ヘ」 『夜嵐お衣花の仇夢』 異体仮名〈ハ〉の仮名文字遣い 漢字字形/字体について 漢数字の振仮名
  第二節 実録体小説の活字化
    実録体小説ゥ写本の概観 貼り合わされたテキスト 「ワザワイ」にどのように漢字をあてるか 表現をかたちづくる語 連合関係にある語
  第三節 ボール表紙本の表記体
    「表記体」という概念 「用字(法)」という概念 ボール表紙本の表記体

第二章 テキストの対照
  第一節 初版と再版と
    一 『華盛頓軍記』
    異体仮名の使用 かなづかい 漢字使用について
  第二節 同書名の異版
    同書名・異出版社・異版:『尼子十勇士傳』の場合 同書名・同出版社・異版:『陸奥の松風』の場合 同書名・異出版社・異版:『佐野義勇傳』の場合 書き手とよみ手 つくりなおされたテキスト 「漢字列に振仮名を施す」というみかた 「手入れ」の契機 「表10」からわかること ボール表紙本・和装活字本・講談速記本

第三章 ボール表紙本から窺われる明治期の日本語
  第一節 さまざまな変異形
    清音形・濁音形 「ヒ」・「シ」・「イ」の交替例 母音交替形 長呼形・短呼形
  第二節 日本的漢字使用
    和訓を媒介とした表意的表記のひろがり 表意的表記+表音的表記
  第三節 振仮名にみられる漢語
    『小説精言』巻三の場合 ボール表紙本の場合 同語異表記 和語・漢語・漢字列

おわりに




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ISBN978-4-7924-0991-3 C3381 (2013.6) A5判 上製本 254頁 本体3,500円
ボール表紙本
 明治初年頃から明治二十年頃にかけて、ボール紙を表紙にした簡易洋装本が陸続と出版されている。これをボール表紙本と呼ぶ。しばらく前までは、古書展などにおいて、廉価で販売されていたが、最近はそうしたこともなくなってきた。
 ボール紙を表紙にした洋装本をボール表紙本と呼ぶのだから、装丁による命名であることになる。装丁によって名付けているのだから、その「内容」はさまざまということになる。大岡政談をはじめとする「実録体小説」や『浮世床』などの江戸期の文学作品もボール表紙本として出版されている。またジュールベルヌなどの海外の文学作品の翻訳も、幕末明治期に出版されたさまざまな草双紙もボール表紙本として出版されている。そうした多岐にわたる「内容」をボール表紙本として一つに括って、改めてながめてみると、そこには多様な日本語がうかびあがってくる。ボール表紙本は明治期の日本語の多様性を映し出す資料群といえよう。
 図は、『政治小説深山桜』というボール表紙本の表紙である。表紙の上部にローマ字で「SEIJISHIOSETSU」と書かれている。こうしたローマ字綴りも興味深い。ボール表紙本には所持者がいろいろなことを書き付けている。その中には自身の名前をローマ字書きしたものもある。そうした書き込みも明治の日本語に関しての「情報」を与えてくれる。
 また、ボール表紙本には、異版が少なくない。異版の内実もさまざまである。あるテキストを下敷きにして新しく活字を組んだと思われるもの、そうしたことなく、出版社を異にして出版されているものなど種々の異版が存在し、それらはまた、明治期の日本語を窺う格好の資料となることが少なくない。また、どのような出版社・出版者がボール表紙本を出版していたかも興味深い。幕末期に草双紙を出版していた書肆がボール表紙本を出版していることもある。そうしたこととも関わって、版権はどのように考えられていたのかということについても今後明らかになればと思う。
 一つの資料を丹念に読み解くことによってわかってくる言語事象がある一方、二つのテキストの対照からわかる言語事象もある。ボール表紙本の場合も同様であるが、さらに、ボール表紙本全体が、明治期の日本語を映し出す「鏡」のようにみえることがある。ボール表紙本はこれからまだまださまざまなことを教えてくれる資料群であると確信する。  (今野真二)
※上記のデータはいずれも本書刊行時のものです。