■『日本永代蔵』成立論談義 | |||||
―回想・批判・展望― | |||||
西鶴を楽しむ別巻@ | |||||
谷脇理史著 |
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『永代蔵』の出発点をどう見るか 「『日本永代蔵』成立論談義―回想・批判・展望」の企図するもの | |||||
『日本永代蔵』には、その出刊の一年前に、ある程度のまとまりを持った草稿(初稿とも称すべきもの)があったのではないかと推定されて以来、もはや四十数年の時間が経過した。その草稿は、どのようなものだったのか。その実態の解明は未だ十分ではないが、草稿が一年前に存したとすれば、西鶴は、『好色一代女』刊行の貞享三(一六八六)年の半ば頃には、すでに町人物の始発点を形成していたことになる。とすれば、西鶴にとって最も多産でありつつ好色物から方向を転ずるこの時点での『永代蔵』草稿の存在、その実態の解明は、西鶴を考える上で重要かつ基本的な問題である。 が、その草稿への見方は、現在混迷の状況にある。研究者の諸論が、少しく恣意をまじえて併存し続け、時間のみが空しく過ぎて行ったように見うけられる。本書は、ここ四十数年に及ぶ各論考の論点を批判的に検討し、私自身の立場からその問題についての解明をはかろうとしたものである。いたずらに自らの旧説を固守している点に、内心忸怩たるものがないわけではないのだが……。 と同時に本書は、現在の研究状況への批判をも企図している。西鶴研究は昨今一見隆盛、大著の刊行が続いているが、それぞれに唯我独尊のように見うけられ、実りある論の衝突・論争も生まれているようではない。重要かつ基本的な問題を避けず、もっとにぎやかに論じあうべきなのではないか、と思うこと切である。 また本書は、私自身のこの問題への関わりを中心に、個人的な回想を多すぎる程に書いている。それは、かつての研究状況を回想することで、特に若い方々に現在の研究状況に思いを致していただきたいと思ったからである。昨今の論は、一見精細にして厳密、勘や感じから出発する研究などはもはや相手にされない状況ではあるが、それによって細部・局部を追尋することが、文学の面白さを考える志を失わせることになってはいないか、などと思わぬでもない。古くさい言い草と承知しつつ、そのような点に思いを致していただければ幸甚である。 西鶴作品のおかしさ、面白さを追求する好評シリーズ @谷脇理史著・『好色一代女』の面白さ・可笑しさ A谷脇理史著・経済小説の原点『日本永代蔵』 B谷脇理史著・創作した手紙『万の文反古』 C広嶋進著・大晦日を笑う『世間胸算用』 DE杉本好伸著・日本推理小説の源流『本朝桜陰比事』 別巻A谷脇理史・広嶋進編著 新視点による西鶴への誘い |
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ISBN4-7924-1395-8 (2006.4) 四六判 上製本 300頁 本体3200円 | |||||
『日本永代蔵』成立論談義回想・批判・展望―― 目次 第一回 やや長すぎる前口上 はじめに―昨今の研究業績評価○おかしな評価規準○『永代蔵』にかかわるまで○暉峻論文の出現○暉峻論文とのかかわり 第二回 暉峻先生の『永代蔵』成立論 暉峻論文の主張○暉峻論文への疑問○その頃をかえりみて○角川文庫本の解説○暉峻先生の再論○暉峻説への疑問○決着はついたか? 第三回 『野良立役舞台大鏡』の問題 はじめに○『野良立役舞台大鏡』への疑惑○鳥越文蔵氏の論○野間光辰先生の批判○野間説とそれへの疑問○冨士昭雄氏論文の登場○冨士氏論文批判○問題は振り出しに 第四回 箕輪吉次氏の成立論 はじめに○箕輪氏の拙論批判○『近世文学論集』のころ○箕輪氏の長篇論考○広嶋進氏による箕輪氏論文の検討○広嶋氏の結論○確実な事実とは?○綿密な調査と大胆すぎる仮説 第五回 西島孜哉氏と羽生紀子氏の成立論 はじめに○西島氏の立脚点○西島氏説への疑問○西島氏説批判○草稿回覧説について○羽生紀子氏の成立論○おわりに 第六回 広嶋進氏他の成立論と今後の問題 はじめに○重複現象の問題○広嶋氏の主張○広嶋氏説への疑問○広嶋氏説批判○矢野公和氏の論○重複現象の見方○矢野氏説批判○長友千代治氏の成立論○今後の問題 補1 『永代蔵』巻五、六は初稿の編入か―拙論「西鶴小説における成稿過程の一面」より― 補2 「『武道伝来記』の読者の問題」より 補3 暉峻先生と私――学部生の頃の思い出―― 補4 私の卒業論文 補5 わが西鶴研究――やや回想風に |
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西鶴を楽しむ・別巻の刊行 編者のひとこと | |||||
「西鶴を楽しむ」のシリーズは、すでに既刊四冊、近く五冊目が刊行される。そこでは、『好色一代女』『日本永代蔵』『万の文反古』『世間胸算用』を各一冊づつに取りあげ、各作品に対する著者の新しい読み方を提示し、それを楽しむための指針を示した。できるだけ多く原本を多く引きつつその見所を紹介してその面白さを明らかにし、各作品を楽しんで読んで行くための手引きとなることを志したわけである。 が、各作品を個別に取り扱うことによっては触れることのできない問題、十分に論ずることのできない問題、西鶴全体にわたって取りあげるべき問題、しかも西鶴を楽しむ上で必要な問題も少なくはない。たとえば、西鶴の伝記的な問題を解明しつつその生涯や作品を全体的に概観してみること、当時の出版界の状況を十分視野に入れつつ同時代の中に西鶴を位置づけること、後続の浮世草子や江戸戯作への西鶴の影響、明治以後の近現代文学との西鶴の関係、西鶴の自主規制やカムフラージュの位相の解明、西鶴の研究史や研究の現状等々、の問題は、各一冊として集中的に取りあげるに足ると思われるものである。また、西鶴の短篇の秀作を精選、できるだけ読みやすい形でテキストを提供する西鶴入門のような一冊、西鶴を読むためのキー・ワードを詳しく解説する語彙辞典、典拠・出典を簡明に見わたして検索できる引用辞典、西鶴の名言・名句の解説辞典といったものも、西鶴を楽しむための役に立つにちがいない。 夢はいくらでも描くことはできるが、もとより一人でできるはずのないことであり、「西鶴を楽しむ」シリーズの場合同様、多くの方々の協力を求めることになるであろう。また、昨今の厳しい出版状況を思えば、余り無理をすることもできないであろう。が、従来とは形をかえて、このたび、問題別に「西鶴を楽しむ」シリーズの別巻を刊行することとなった。具体的な刊行予定は未だ計画中としかいいようがないが、まず別巻@として、私の「『日本永代蔵』成立論談義―回想・批判・展望」を刊行する。大方の御支援を心より期待したい。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |