日本推理小説の源流『本朝桜陰比事』 上・下
西鶴を楽しむDE
杉本好伸著




■本書の構成

  上巻
序章 本書執筆の目的
一 『本朝桜陰比事』成立の背景 ―先行裁判物と『本朝桜陰比事』の位相―
二 先行裁判物からの翻案 ―『棠陰比事』『板倉政要』との差異―
三 都市の暗躍 ―”広さ”の恐怖―
四 全章の整理 ―京都らしい話―
五 被害者の〈毒〉 ―複合的人物形象と重層的作品―


  下巻
六 〈御前〉の位相 ―”趣向”の犠牲―
七 〈男と女〉の心模様 ―夫婦・縁組・妾女・密通―
八 巻頭話の”趣向” ―〈絵空事〉の構築―
九 最終章の”趣向” ―〈所司代時代〉への誘導―
十 ”祝意”の創作過程 ―巻頭章の〈表現〉と〈創意の派生〉―
終章 〈対読者意識〉と〈文学史的意義〉
あとがき 感謝のことば

上巻ISBN978-4-7924-1411-5 C0395 ISBN978-4-7924-1412-2 C0395 (2009.6) 四六判 上製本 上巻 266頁 下巻 260頁 各本体2700円
  謎解きを楽しむ異色の「京都事件案内」
青山学院大学教授 篠原 進
 見なれた山に眠る金脈を掘り当て、片寄せられてきた作品を再評価すること。文学研究の醍醐味がそこにあるとするなら、西鶴の裁判小説『本朝桜陰比事』ほど金採掘人の心をくすぐるものはないだろう。
 時あたかも、一人の「職人」が高精度の検査装置を駆使して、素晴らしい金脈を探り当てた。題して、「日本推理小説の源流『本朝桜陰比事』」。著者の杉本好伸氏は『稲生物怪録絵巻集成』(国書刊行会)や『武太夫物語絵巻』(『西鶴と浮世草子研究』第二号・笠間書院)といった、精緻な仕事でも知られた西鶴研究者。学者の本は専門に偏するあまり、ややもすれば無味乾燥になりがちであるが、はじめて西鶴を読む若い人たちを念頭に書き下ろしたという本書には、京都生まれの著者ならではのディープな京都が数多くの写真、地図、図版を介して提示され、研究書の硬いイメージを一変させる楽しい仕上がりとなっている。
 もちろん体裁は当世風でも、研究内容に妥協はない。たとえば、巻二「十夜の半弓」。凶器や殺害現場、被害者の住所などからキリシタン弾圧事件という「歴史」を浮かび上がらせた宗政五十緒氏(「だいうす町とおらんだ西鶴」)に対し、杉本氏は被害者が「煙管という新時代の新奇な道具にすばやく飛びつき、一儲
(ひともう)けした男」と推定する一方、犯行動機がきわめて普遍的な人間の心情に基づくことを近時の殺人事件などを引き合いに出して述べる。
 文学研究は、殺人事件の捜査に似ている。現場(テキスト)にこだわり、拾いまくった物証を鑑識にかけ、真犯人をあぶり出す職人芸。ただ捜査は「送検」で打ち切られるが、研究に終わりはない。杉本氏の博捜が突き止めた、板倉勝重・重宗父子、松永昌三、角倉玄紀、灰屋紹益、安楽庵策伝という各モデル。新しい裁判員制度がスタートする今、本書を読み、そうした仮説の「公判」に立ち合いたい。




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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。