近世徴租法成立史の研究
渡邊忠司著


徳川政権の基本政策の一つに「百姓成立」とその維持・継続がある。徴租法はその根幹であるが、現状では近世および中近世移行期の研究は少ない。本書は中世の年貢徴収法と、太閤検地による徴収慣行の改変、相対立毛検見と「二公一民」施行の背景、当初は免除・減免分を意味した「免」が租率に変化する過程、近世検見が百姓側の「内見」を前提に領主側の検見と一体化した仕法となる経緯、徳川政権期の畝引検見が「百姓成立」に適合した徴租法であったこと等を解き明かしていく。



■本書の構成


  はしがき

序言 研究視角と本書の構成
  近世徴租法研究史について/研究史にみる研究視点/本書の研究視角/本書の構成

第一章 豊臣政権と近世検見制の規定
  天正・文禄期の法令と近世検見制の規定/地方書にみる近世検見制の仕法/近世内見と中世内検―概念の整理―/近世の内見と検見

第二章 近世内見・検見の系譜
  中世内検と仕法/在地領主の内検/惣国内検と在方検見の包摂―東寺領上・下久世庄の場合―/惣国内検と内検慣例の改変

第三章 豊臣政権と近世徴租法の確立 
――兵農分離と二公一民――
  豊臣政権の年貢米配分比の規定/中世の在地構造と「三分法」/近世年貢配分比の系譜


第四章 豊臣政権と土免禁令
  土免の語義規定/土免語義の変化―免と取の語義変化から―/土免仕法と「土免こひ」の禁止

第五章 豊臣政権と相対立毛検見の施行
  近世初頭の徴租法と色取検見/色取検見の仕法/色取検見の施行時期

第六章 徳川政権と徴租法
  畝引検見の施行と歴史的位置/徳川政権の検地と年貢徴収/検見仕法の相違と徴租法の変遷

  結言
  あとがき




  ◎渡邊忠司
(わたなべ ただし)……1947年、愛媛県生まれ 佛教大学名誉教授




  著者の関連書籍
  渡邊忠司編 大津代官所同心記録

  渡邊忠司著 近世徴租法と年貢収取


 
◎おしらせ◎
 大阪経済大学日本経済史研究所『経済史研究』第25号(2022年1月号)に書評が掲載されました。 評者 平井上総氏



ISBN978-4-7924-1458-0 C3021 (2020.4) A5判 上製本 268頁 本体7,000円

  
「百姓成立」という視点からの近世徴租法研究

大阪市立大学名誉教授 大島真理夫  

 近世の貢租史研究は、経済史分野においては、古くは、労働地代、生産物地代、貨幣地代という地代の三類型を参照軸としたり、余剰の収奪・残余という視点から行われたりしてきた。これらの研究は、現在でも通用しないわけではないが、時間が経過し、新しい論点を見いだしにくくなっていたことも事実である。

 こういう状況に対し、渡邊氏は、徴租法の変化に注目し、その際、「百姓成立」という視点を導入した。徴租法というのは、米納年貢制において、不可避的に発生する年々の作柄変動を踏まえ、当年の貢租額をどのように決定するか、という問題である。そして、「百姓成立」という視点とは、「外三民を養ふ」という百姓の生産と生活を成り立たせることが、社会全体の再生産にとって不可欠であるということを踏まえ、幕藩領主は、年貢額の増大はめざしたが、百姓の存続を可能とする、公平な徴租法の実現という課題もあわせもっていた、という視点である。

 本書の大きな特徴は、中世史と近世史の壁を乗り越えて、徴租法の変化をたどったことである。その際、大きな分岐点として評価されるのが、天正一四年の秀吉朱印状「御法度條々」で規定された「相対立毛検見」制である。給人と百姓の立会での検見、立毛の確認(毛見)と升つき、有米の三分の一を百姓、三分の二を給人が取得するという原則である。これ以前の年貢は、土地面積に対して固定されており、検見は、不作の際に年貢減免のために行われる臨時的なものであった。秀吉はこれを毎年の年貢徴収の原則としたのである。これは徴租法の大きな転換であった。その後、近世の徴租法は、検地によって確定された、田畑の等級、石高を前提として、畝引検見、有毛検見、定免制などが行われるが、それらを貫いて、作柄の検見による年貢額の決定という原則が存在していた、というのが著者の主張である。それが、「百姓成立」を保障する「近世徴租法」なのである。中世の固定年貢制では、各種の「職」=得分権の売買も可能であり、百姓は、自由はあったが、生存の保障はなかった。相対立毛検見制では、配分比率が固定されており、領主と百姓は、作柄の変化に対して利害を共有する関係になる。百姓は中世的な自由を失い、さまざまな制約下におかれたが、「百姓成立」を保障される存在になったのである。こうした視点は、取引費用やエージェンシー・コスト問題など、ミクロ経済学でも議論されるテーマに関係しており、本書は、その意味からも、近世の貢租史研究に新しい地平を開いたと言ってよいであろう。なお、本書は、著者の学部卒業論文、修士論文での研究を出発点としているとのことである。半世紀にわたる研究の持続と発展の努力に脱帽である。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。